第1164話 先王と代官

翌朝、私達は物音で目を覚ました。

そうか、みんな日の出前から起きて働いてるんだよな。大変だなぁ。このまま二度寝もしにくいから起きるとしよう。それからみんなに挨拶だけして、クタナツに帰ろうかな。代官が手紙の返事を首を長くして待ってるだろうしね。まさかこんなに早く返事が来るとは予想もしてないだろうけど。

それにあまり私が手を出すと、この街を作る意義が薄れてしまうからな。その上で私の楽園を超える街にしなければならないだろうし。


「おはようカース……」


「おはよ。目が覚めちゃったね。さあ、クタナツに帰ろうよ。朝食は帰ってからでいいよね?」


「うん。カースと一緒ならどこで何を食べたって最高よ。」


うーん、朝から照れるな。嬉しい。嬉しいからよしよししちゃう。少し寝癖のついた豪奢な金髪もかわいいなぁ。




よし、準備オッケー。まずはおじいちゃんおばあちゃんに挨拶だな。


おじいちゃんは城壁用の石切り、おばあちゃんは魔物を解体したり、皮を加工したり。適材適所だなぁ。




済んだ。また会う日まで元気でいてくれよな。


次は王太后だ。昨夜は少ししか話せなかったからな。おばあちゃんよりは歳下だけど、元気でいてくれよな……




最後に先王だ。校長と組合長にも挨拶をしておきたいのだが、あいにくと不在だ。冒険者達を引き連れてノワールフォレストの森で魔物を狩っているらしい。大事な食料だもんな。


「先王様、昨夜はありがとうございました。いい思い出になりました。」

「先王様と並んで演奏をするなど末代までの誉れでございます。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


コーちゃんもカムイも「元気でな」と言っている。


「うむ。ヒイズルに行くそうだな。あそこも奇妙な国だからな。少しぐらい注意しておけ。カースには無駄な忠告だがな。」


「ちなみに今の天王てんおうが即位して何年ぐらい経ってるんですか?」


「八年ぐらいか。当時王都に即位の書状を携えた使節が来おったわ。」


八年前……私は八歳。あの頃何があったか……思い出せないな。普通に学校に行ってただけだもんな。私がグリードグラス草原を焼き払ったのはその時ぐらいか? あれが魔境進出のきっかけになるとは面白いものだ。


「ちなみにヒイズルに行く公式ルートってどんなのがあります?」


「そのようなもの、バンダルゴウから出る商船かポルトホーンから出る貿易船ぐらいのものだろう。まさかわざわざ船で行く気か?」


「いえ、どうやって行こうか少し迷ってまして。のんびり船で行くのもありかな、と。」


「くっくっく……命がけの航海をのんびりか。お前らしいな。船員達に聞かせてやりたいわ。まあよい、何でも構わん。無事に帰って来るのだぞ?」


「はい。先王様もお元気で!」

「先王様のご壮健をお祈りしております。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


「あぁカースよ。あの石碑だが、嬉しかったぞ。お前の気持ちは受け取った。ありがとう。」


「先王様……」


あれを見てくれたのか。私からのプレゼント、何て彫ったんだっけな? 『偉大なるグレンウッド・クリムゾン・ローランド王にこの地を捧げる』って感じだったかな。喜んでもらえたなら幸いだ。もちろんこちらの牽制の意図は汲み取った上での話だろうけどな。元近衛騎士連中なんかは不敬とか思ったりしてそうだよな。「お前に捧げられなくともこの地は陛下のものだ!」とか内心思ってるかも。


こうして私達は先王やその周辺の人達に見送られながらノルドフロンテを後にした。




クタナツに到着した。早く代官に届けてやりたいが、依頼が終わったならまずはギルドに報告が先だ。ついでに何か食べて行こう。やはりオークのジンジャー焼き定食だな。安い早い旨いだもんな。たまにすごく食べたくなるんだよなー。


中途半端な時間なので受付は全然混んでいない。あっさり終了し、大金貨一枚ゲット。金貸しよりは割が悪いが一日ちょっとでこれだけの大金、全然文句なしだ。

では代官府へ行こう。これは完全にサービスだもんな。私も人がいいぜ。




到着。ギルドからだと結構近いんだよな。


「お務めご苦労様です。六等星カース・マーティンと申します。先王様よりお代官様へのお届け物です。」


「カー……先王へい、魔王さ!? し、少々お待ちを!」


いつも冷静なクタナツ騎士にしては珍しいな。春だし新人なのかな?


「お待たせしました! どうぞこちらへ!」


全然待ってない。


「お代官様の執務室でしたらご案内は必要ないですよ。お気になさらずに。」


「い、いえ、クタナツの英雄をご案内できるなんて光栄の至りです!」


おお……マジか……私は英雄なのか。まあ大きな勲章もあるしね。素直にそう言ってもらえると嬉しいな。


「ありがとうございます。大変な時だと思いますけど、騎士さんも頑張ってくださいね。」


「押忍! お気遣いありがとうございます!


うーん、普段は押忍って言う側なんだが。いつの間にやら言われる側になったか。不思議な気分だ。この騎士は多分二十前、少し歳上かな。


執務室に着いた。代官に会うのは去年の工事以来かな。自ら陣頭指揮とって、偉い人だよまったく。


「お代官様! 魔王カース殿がお見えです!」


「入れ。」


「失礼します!」


「失礼します。」

「失礼いたします。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


コーちゃんもカムイも入室の挨拶ができるのだ。ホントにいい子達だなぁ。


「ご苦労だった。下がってよい。」


「はっ! 失礼します!」


新人騎士さんが執務室を出る。


「北の街に行ってくれたそうだな。ありがとう。それがもう帰ってくるとは驚くべきか、カースなら当然と思うべきか。妙な気分だ。」


「先王様はお元気そうでしたよ。手紙とお土産があります。」


「おおっ! まさか先王様の直筆か! は、早く読ませてくれ!」


どんだけ先王が好きなんだよ……


「どうぞ。」


代官は手紙を恭しく受け取ると、ゆっくりと封蝋を剥がし中身を取り出した。そして手紙を持ち上げ何やら感謝のポーズらしき姿を見せ、それから読み始めた。




見たところ紙は一枚。それを五分ほどかけてじっくり読んでいる。私達のことなど目に入らないようだ。少し涙ぐんでないか? 代官になってから数年は『杓子定規』とか『堅物貴族野郎』とか言われてたらしいが、とてもそんな面影はないね。これもクタナツに住み続けた影響なのかな。たぶん違うな。


ようやく気が済んだのか、代官は手紙を折りたたみ、口を開いた。

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