第1148話 苦痛からの解放

『無痛狂心』


まず、婆ちゃんから苦痛を取り去る。少しずつ呻き声が小さくなり、やがて正気を取り戻した。


「ばあちゃん……苦しかったよね。待たせてごめんね。」


「カ、カースなのか……」


村長むらおさ! ウチもいるよ! 村長ばかりに苦労させて……ウチらはみんな無事だよ! 村長のおかげで!」


「ク、クロノミーネ……そうか……皆無事か……よかった……これでダークエルフ族の未来は……」


クロミが泣いている。婆ちゃんを見捨てて自分達だけ逃げたことが辛かったのだろう。こんな状況なのに部族の心配ができる婆ちゃん、すごいな……


「ばあちゃん、この周辺の毒は全て消したよ。後はばあちゃんだけ。人間で実験した場合は上手くいったんだけど今回はどうなるか分からないんだよ……」


「カースや、そんなことはどうでもええんじゃ。イグドラシルですら枯れ果てる危険な毒をよくぞここまで解毒したのぉ。そのような真似、どこぞのハイエルフにすらできぬわ。ダークエルフ族の未来は繋いだし、最期にカースの顔も見れた……思い残すことなどないわぇ……さあ、終わらせてくれるか……」


やはり……婆ちゃんは……


「うん……ばあちゃん、またね……」


『解毒』


魔力全解放。渾身の解毒だ。ジャンはここまでせずとも生き返った……でも、婆ちゃんは……


「あぁ……暖かい……痛みが……苦しみが……消えてゆく……カース……ありがとうなぁ……ありが……カース……カー……」


「ばあちゃん!」


ばあちゃんは消えた。

頭から徐々に砂より細かい塵となって……風に消えていった……


「ばあちゃーん!」

「村長ぁーー!」


「カース……」

「ガウ……」

「ピュイー……」


全ての魔力を使い果たした私は、地面に倒れ込んだ。


「アレク……ごめん、後を……」


「大丈夫。気にしないで休んで。」


そして私の意識は遠ざかっていった。








『……めよ』


『……めよ……愚か……』


『目覚めよ……愚か者よ……』


うるせぇなぁ……魔力が切れて苦しいんだよ……寝かせろよ……


『我に対してその態度……やはり愚か者よ……』


うるせぇよ。誰が愚か者だコラ? あれ? 私ってこんなに口が悪かったっけ? きっと魔力が切れてるからだな。うん。


『よくぞ我が秘術を解呪しおったな……』


我が秘術? 毒沼のことか?

誰だおめー? 声はすれども姿は見えないが。


『知らぬとは愚か者め……我は毒と腐敗の神 サマニエルなるぞ……』


ほー、神か。あんなろくでもない禁術を開発したのは。で、何の用だ?


『用はない……見事我が秘術を解呪した愚か者の顔を見てくれようと思ったまでよ……」


そうかよ。そりゃ婆ちゃんが死んだのはあんたのせいじゃないけどさ。 それでも気に入らないことに間違いはないんだよな。


『我の祝福が欲しくはないのか?』


いらねーよ。絶対ろくな祝福じゃないじゃん。逆に固めた毒を回収してくれよ。あれはあんたにとっても有用だろ?


『……要らぬなら貰っておこう……愚か者にしては良い行いである……』


うるせーよ。用が済んだら消えてくれよ。私は眠いんだから。


『……愚かな人間よ……名乗るがよい……』


人に名前を尋ねる時は自分から名乗れって言おうと思ったらこいつは毒と腐敗の神サマニエルだったな。


私はカース・マーティンだ。それだけもの毒を何に使うのかは知らんが舐めた真似するんじゃないぞ?


『くっくっく……神を恐れぬ愚か者め……エルフどもから見た人間は虫……だが我から見れば人間もエルフも等しく虫以下……とるに足らん存在よ……』


ちっ、生意気な。だから何だよ。神が怖くて毒沼を解毒できるかよ。まあ正直どこかで神罰とか食らったらどうしようとは思ってけどな。それでも婆ちゃんのためなら解毒するに決まってる。


『あれを解毒できた人間など知らぬ……それだけは褒めてつかわすぞ……愚か者よ……』


うるせぇよ。せっかくだ、聞かせろよ。なぜエルフにあんなヤバい術を授けた?


『そちも同じことをしておろう? ただの余興に過ぎぬ……我ら神々に足りぬものは娯楽、余興よ……下等生物の怨嗟、苦痛の声などまあまあ楽しめる方ではある……』


そうかよ……それが神かよ……

別にこいつを信仰してたわけじゃないから構いやしないけどさ。


『そちにはこれを授ける……行き場のない絶望に身を包まれた時……使うがよい……」


いらねーよ。どう考えてもゴミじゃねーか!


『さらばだ……愚かな人間よ……』


うるせぇよ! 愚か者はてめーだ! ん? 愚か神? あー眠い……

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