第1110話 最後の試練
コーちゃんの警告通り、そこから上は危険エリアだった。見た目は下と何も変わらない春麗かな好天。だが体感では氷点下……こんな所に五分もいようものなら、たちまち凍死してしまう。風がないだけマシかも知れない……
そして、やはり息苦しい。これが空気が薄いということなのか……
前世で富士山すら登ったことのない私だ。この息苦しさは初めての体験ということになる。しかし、急いではならない。呼吸を乱してしまえば高山病一直線だということぐらいは知っている。焦らず一定の呼吸を保ち、登るしかない。
コーちゃんは平気そうだが、カムイは少しキツそうだ。まあこいつの場合は寒くないのが羨ましいところだな。本当は全然寒くないくせに、私達の身になって少し寒いって教えてくれたんだよな。
コーちゃんがいない。どこに行ったんだ……
それでも止まるわけにはいかない。
「ピュイピュイ」
コーちゃんだ! 上から降りてきたのか。
「ピュイピュイ」
もう少し!? マジか!
「アレク! もう少しだって! 頑張ろう!」
「ええ! ここまで来て、負けるもんですか!」
寒すぎて体が動かない。とっくに腕の筋肉は限界だ。しかし、それでも登るしかない。アレクの前で無様な姿を晒すわけにはいかないんだ。握力がないなら幹の隙間に腕を差し込めばいい。指なんかもういらん! 無理矢理登ればいいんだ。
「アレク! もう少しだよ! 行けるね!」
「ええ! 行くわ! 絶対に!」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ!」
カムイもヤバいのか……呼吸が苦しいのか。
「もう少し! もう少しなんだぁ!」
「ええ!」
「ガウガウ!」
「ピュイピュイ」
コーちゃんももう少しだと言っている。くそ、息が苦しい……何も考えられない……でも手は動く、指は動かなくたって……登れる……
「アレク!」
「カース!」
「カムイ! 大丈夫か!」
「ガウガウ!」
「コーちゃん! 後どれぐらい!?」
「ピュイピュイ」
後少しなんだね……
「カース……ごめんなさい……もう、手が、いや……体が……動かないの……」
「待ってて! 行くから!」
こんな所で体が動かなかったら落ちるだけだ! 絶対落とすものか!
「やめて……先に行って……」
「何言ってんだよ! アレクを置いて行けるわけないよ!」
「やめて! 私、カースの足手まといになりたくないの! カースの重荷になるぐらいなら喜んで落ちるわ!」
「アレクが落ちるぐらいなら僕が落ちるよ! それに約束を忘れたら困るよ! 契約魔法がきっちりかかってるんだからね!」
そう。アレクには私より一日でも長生きをする契約魔法がかかっている。つまり、自分の意志で落ちることはできないはずだ。
「そ、そうね……ごめんなさい……」
「分かったね。絶対僕より先には死なせないよ。僕の契約魔法は絶対だからね。」
「うん……カース、大好きよ……」
さてと……私も覚悟を決めるしかないな……
やってやるよ……
「アレク。これを左の手首に結んで。」
「カ、カースこれ!?」
聖衣の下側、脱いだんだよ。今の私は極寒の中でフルチンだ。ズボンの左裾をアレクに結び、右裾を私が噛む。
私がだらしないからアレクは落ちることも考えたんだ。アレクにそんなことを考えさせるなんて……情けない……
後少しなんだ!
私の歯が全部抜けても構わない!
絶対この口は開けない!
アレクを頂上まで……
「カース! 無理しないで!」
悪いが返事はできない。私はイソップのカラスじゃないからな。まあ、アレクもそんなつもりで言ってるわけではないけどさ。
それでも……私に限界が……
「ピュイピュイ!」
なっ!
コーちゃん!
コーちゃんが私の右手首に尻尾を巻き付けて、支えてくれている。それだけじゃない! 引っ張り上げてくれようとしている! そんな細い体で……
「ピュピュイ!」
がんばれって!? 分かってるよ。もう少しなんだろ?
何がもう少しだよコーちゃん……
あれから一時間は経ったぞ……
でも……着いた……
着いた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます