第1098話 登頂開始
「兄貴! 俺ビョエルンエドゥアルトゼルヘルです!」
「俺はブラージウスツベルトゥスコストです!」
「ベネディクティスミルコセンサですよ!」
聞いてもないのに名乗られてしまった。もちろん覚える気などない。そもそもとてもじゃないが覚えられない。アーさんで限界だ。
「覚えておくわね。イグドラシルから降りてきたらまた飲みましょうね。」
なんと! アレクは覚えられると言うのか。確かにアレクの記憶力は確かだ。うーん、すごいな。奥さんと呼ばれて上機嫌なだけだったりしないよな?
それからマリーママやマリーパパとも杯を交わし、楽しい夜となった。蟠桃をプレゼントしたことが、ここまで喜ばれるとは……
適当なところで私とアレクは抜け出した。あまり飲みすぎてもいけないし、早く二人きりになりたかったということもある。
現在は村長宅の裏手でアレクと露天風呂だ。明日からは風呂に入れるのかどうかも怪しいからな。めいいっぱいイチャイチャするのだ。
「ねぇカース。」
「ん? なぁに?」
「私、今すごく変な気分なの。旅に出たばかりなのに。」
アレクは私の肩にもたれかかり、気怠げに言う。
「どんな気分?」
「この旅が終わったら私のこと貰ってくれるって言ったじゃない?」
「うん。もちろんだよ。」
「それなのに私ったら、この旅がいつまでも終わらなければいいって思ってしまったの。」
「おや、それはどういう意味かな?」
「もちろんカースと結婚したくないって意味じゃないわ。ただ、この時間が終わって欲しくないなって。」
「嬉しいことを言ってくれるね。僕もだよ。まだ始まったばかりだけど、いつまでもこの時間が続くといいよね。」
終わらない夏休みか。そもそも学校に行ってない私に卒業したばかりのアレク。二人とも今は休みたければいつまでも休んでいられる。だから旅に出ているのだが。この旅が終わるとすれば、アレクに子供ができる時とか? その辺はアレクが任せてと言うから任せているが。それ以外だと里心とか? どちらかがホームシックにかかって帰りたくて仕方なくなる場合もありえる。いずれにしても先の話だ。まずはこの巨木に登ってからの事だな。
「カース……大好き。」
「僕もだよ。アレク好きだよ。」
村の中ではまだまだ騒ぐ声が聴こえる。まさかあんなに大騒ぎになるとは。
それにしてもいい村だ。
星はきれいだし、空気は澄んでいる。冬の山岳地帯だというのに気温は五度ぐらいだろうか。意外にも暖かい。木に登る時はどうなんだろう。普段の装備が使えないため、かなりの寒さが予想される。エルフの聖衣とやらに期待だな。
そして翌朝。朝食後、村長から聖衣を渡された。真っ白い作務衣って趣きだな。動きを阻害されることはなさそうだ。ただし、寒い。さすがに裸よりは数段マシだが私の装備とは比べ物にならない。雪が降るような天気になると危ないな。
「さて、いくつか忠告をしておいてやろう。登っている間は一切魔法を使わんことだ。何があろうともな。その間は腹が減ることもなければ眠くなることもない。ただひたすらに登るがよかろう。何か質問はあるかの?」
「疲れはしますか?」
「うむ。当然ながら疲れたら休むがよい。横になれる場所などいくらでもあるからの。」
「外敵は出るのでしょうか?」
おっ、アレクいい質問。
「何も出ぬな。心安らかに登るがよかろう。」
本当に登るか休む以外のことができないようになっているんだな。神域か……
「分かりました。色々とありがとうございました。じゃあ行ってきます。すぐ戻ってきたら笑ってやってください。」
「行って参ります。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
当然だがコーちゃんとカムイも一緒に登る。でもこの二人って私とアレクよりかなり早く登れそうだが……
村長達数人に見守られながら、私達は登り始めた。イグドラシルの表面はゴツゴツにひび割れた岩のようなので、手足をかける場所には不自由しない。たぶん初心者用のボルダリング程度の難易度と見た。
私もアレクもさして苦労をすることはなく百メイルは登っただろうか。地上で見ている村長が豆粒ってことはないが。
カムイは器用に前脚を使いスイスイと登っている。コーちゃんは普段と何も変わらない。地を這うのと変わらない様子でスルスルと登っていく。
「アレク、調子はどう? 疲れたりしてない?」
「ええ、どうにか大丈夫よ。でも木登りって難しいのね。カースの手足が通過した所を見ていないと、どこを掴んでいいか判断に迷いそうよ。」
実際には木登りではなく岩登りのようなもんだけど。
「とりあえず両手足のうち動かすのは一つだけね。その間は残りの三ヶ所を動かさないようにね。」
「ええ、三点確保ってわけね。」
私にロッククライミングの経験などあるはずもない。ただの経験則だ。こうやって安全第一でじっくりと登るのが大事と見た。先は長いんだからな。
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