第1072話 入江の騒動

ちょうど日が沈む頃、グラスクリーク入江に到着した。全体としては勝利に沸いている感じだが、一部では揉めているようにも見える……父上のところじゃないか。

このまま近寄って話を聞いてみよう。


「おかしいじゃないですか! なんでうちの主人が帰ってこないんですか!」

「うちの人もよ! 騎士や冒険者はほとんど帰ってきてるのに!」

「アタシんとこの息子もだよ! どうなってるんだい!」


察するに父上と同じ方面に警備に出ていた者の家族か。


「待て待て、何度聞かれてもさっき話した以上のことは分からん。俺達が食い止めている間に先に逃がしたんだからな。」


うんうん。さすが父上。しんがりを務めたってことだな。騎士や冒険者が帰ってきたのにってことは、このおばさん達は平民だな。何で平民が警備に出てるんだよ……平民にできる仕事じゃないぞ……まさか騎士団が無理矢理やらせた? さすがにあり得ない。


「嘘よ! 平民だからって置いて逃げたくせに!」

「どうせ盾にしたんでしょ! 薄汚い冒険者のやりそうなことだわ!」

「アタシの息子を返しておくれよ!」


薄汚い冒険者……誰に向かって言ってんだ? もし父上に言ってるんだとしたら……このおばさん殺そう……


「奥様がた? 私、不思議に思うことがありますの。あなた方はご家族を覚悟して送り出したのではなかったですか?」


おお、母上の登場だ。しかも上級貴族モードだ。


「で、でもまさか大襲撃が起こるなんて……」

「アランさんほどの方が一緒なのに……」

「騎士だって一緒だったのに……」


「私たちはみな魔境に暮しています。魔物の脅威を知らない者はいません。だから私はアランが騎士を辞めた時、心から安心しました。これでもう不安な夜を過ごすことはないと。不安な気持ちでアランの帰りを待つ日々が終わると。でもこの一ヶ月は……皆さまのご不安な気持ちはよく分かるつもりです。」


なんと……母上ですらそうだったのか……全くそうは見えなかったぞ。おばさん達は黙り込んでしまった。


「ですが、私もアランも元は貴族。クタナツの危機に際して動かないことなどあり得ません。たぶん皆さまのご家族もそうだったのではないですか? クタナツのため、ここで働く皆のため。率先して危険な任務をお引き受けくださった勇士なのだと思います。それなのに皆さまの言動は勇士たるご家族の名誉を汚しかねないものとも受け取れます。どうお考えですか?」


黙り込んだままだ。さすが母上。建前的には二人とも自分達と同じ平民だもんな。


「すまなかった。戦闘経験の浅い平民だからと先に逃したのは確かに彼らの名誉を汚す行いだった。一緒に戦って死ねと言うべきだった。すまなかった。」


父上が頭を下げている。母上も言い過ぎたと頭を下げている。


うまいな……今になっても帰ってきてないってことはとっくに死んでるのだろう。それは警備の仕事をしてたらよくあることだ。その責任は代官に追及するべきだが平民にそんなことができるはずもない。だからせめて父上に文句を言いに来たのだろうか。

両親はそんな浅慮を咎めることなく受け止めてやり、なおかつ死者の名誉を高めている。その上で必要もないのに頭まで下げて……悲しみを汲もうとしているのだ。国王ですら一目置く母上が頭を下げたのだ。


家族を亡くした悲しみは察するに余りあるがここは魔境だからな。村ごと全滅することだって珍しくないのだから。




ちなみに他の全員は大量の肉を焼きまくっている。セイレーン肉だな。セイレーンやネイレスのような外見が人間に近い魔物肉は旨いと聞いている。あんまり腹は減ってないが後で食べてみようかな。


とりあえず両親の後ろに続き、長屋に帰ろう。


「ただいま。見てたよ。大変だったね。」


「おうカース。参ったぜ。あいつら全っ然役に立たねーんだよ! しかも撤退する時も足引っ張ってばかりでよ! そんな奴らでも見捨てたくはねーからさ、こっちは必死だぜ! 何度も盾になったり魔物の足止めしたりしたんだぜ? なのに何で帰ってねーんだよ!」


ん? さっきと話が違うぞ?


「そうなの? そもそもなんでそんな平民が警備なんかやってんの?」


「志願してきたんだよ。後で聞いたんだが平民に割り当てられた仕事をしたくなかったんだとよ! 安全に土を運ぶ仕事のどこか不満なんだよ! わざわざ危険な所に出てきたんだぜ!?」


なんとまあ……土や石を運ぶ仕事なんて体力的にはキツそうだが安全面が天と地の差じゃないか……なんだかなぁ……


「だからって身内が死んだ彼女達に正論を叩きつけるのは可哀想だわ。落とし所を作ってあげないとね。」


「さすが母上。かっこよかったよ。父上も。」


「おう。役に立たない奴らだったが死んで欲しくはなかったしな。魔境は怖ぇぜ。」


「カース、夕食はどうする? 何か食べる?」


この後みんなで和やかにセイレーン肉を食べた。おいしかった。

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