第1057話 動き出したクタナツ

アレクも一緒にあいつらの掘立小屋へと立ち寄る。勝手知ったる他人の小屋ー。


「邪魔するぜ。具合はどうだ?」


「おお魔王。何から何まですまねぇな。全員意識を取り戻したぜ!」


「てことはポーションも食材も問題なしだな?」


「おおよ。後はゆっくり休むだけだぜ。本当に助かったぜ。おう、お前ら」

「助かったぜ! ありがとなぁ!」

「恩に着るぜぇ! さすがだなあ!」

「あんがとよ! 魔王最高だ!」

「この恩は忘れん。かたじけない」


「おう。ゆっくり養生しときな。こいつは見舞いだ。」


ついでだからオークを一匹。ほんの気持ちだ。


「またかよ。サービス良すぎだぜ。ありがとな」


これが領主の気持ちなのだろうか。領民が傷付いていたら助けてやりたくなるような。

せっかくこんなヤバい場所で踏ん張ってる奴らなんだもんな。みすみす死んで欲しくはない。

さあ、私達も自宅へ帰ろう。


そういえばここって豪邸なんだよな。客室はかなり余ってる。宿として一泊いくらで宿泊客を集めるってのもありだな。どうせ春から私達はしばらく帰って来ないんだし。掘立小屋と比べると雲泥の差だもんな。ここに泊まったらもう掘立小屋には帰れなくなるな。ふふふ。




アレク謹製の夕食後は少し稽古だ。外は真っ暗、その中だからこそできる稽古は……心眼だ。

私は相変わらず心眼が身についていない。スティード君とはすでに比べ物にならないレベルだろう。だからって何もしないわけにはいかない。

外でアレクに氷弾を撃ってもらう。もちろん目隠しをした状態でた。まあ外は真っ暗だからあまり目隠しの意味がないのだが。




「よし、ここまでにしようか。ありがとね。」


あー痛い。上半身裸なもんだから怪我だらけだ。はあ……


「どういたしまして。見えない的に撃ち込むのもいい経験だわ。」


アレクは最近『暗視』を使えるようになってきている。しかし、それを使わず私に氷弾を撃ち込んでいるのだ。お互い良い稽古になっているのは間違いないな。





このように昼は森で魔物退治。夕方は稽古。夜は二人で肉欲の限りを尽くした。


そんな冬休みもついに終わりを迎える。明後日からアレクは学校が始まる。

よって今日の予定はクタナツに帰ってそれぞれ実家で一泊することになっている。私はどっちでもいいが、アレクは卒業を目前に控えお義母さんとあれこれ話すこともあるだろう。


名残り惜しいが楽園を出発しよう。それなりにハードだったが楽しい冬休みだった。冒険者達と何回か宴会もしたし。今回は本物のアレクを誉めさせるゲームもやった。アレクは嫌そうだったけど私は楽しかった。




昼過ぎ。クタナツに到着した。何だか街が慌ただしい。活気付いてるとでも言うのだろうか。


「先にアレクを送っていくよ。お義母さんにも挨拶しておきたいしね。」


「うん、ありがとう。帰るのはいつぶりかしら。」


ところが訪ねてみると、メイドさんが二人いるだけで他は誰もいない。門番さんも、護衛も、料理長マトレシアさんも。詳しく話を聞いてみると、クタナツ中の人員をほぼ総動員で港の建設やそこへの街道を作っているらしい。上級貴族アレクサンドル家の奥方でも例外ではないと。代官はかなり本気みたいだな。てことは母上も?


当分の間は帰ってこないそうなので手紙だけを残して二人で私の家に行ってみることにした。


「ただいまー。」

「お邪魔します。」

「ピュイピュイ」


留守か。ならば道場の方に行ってみよう。




こっちも留守だ。マジで総動員なのか。この分だとオディ兄とマリーも行ってそうだな。私もクタナツの民としては手伝うべきだが今日と明日は無理だな。一応ギルドには顔を出して状況だけでも確認しておくとしよう。




ギルドはやけに賑やかだ。そりゃそうか。仕事だらけだろうからな。うーん、行列になんて並びたくないな。誰か知った顔はいないものか……


「んん? 魔王じゃないか?」


お? 私を知る者が。ただ私の方は見覚えが……あ、楽園の住人だ!


「おお、久しぶり。こっちに帰ってきてたのか。えーと……確か……」


「マッドリックスのグラムスミスだ。楽園では世話んなったな」


「あーそうそう! 六等星だよな! ちょうどいいや、あっちで酒でも飲みながら話さないか? あれこれ聞きたくてさ。」


「いいぜ。先に行って席取っておいてくれよ。俺はメンバーに言ってくるからよ」


「おう、すまんな。」


よし。これで事情が分かるだろう。




「アレクは何飲む? 僕はやっぱりミルクセーキかな。」


「私もそれにするわ。ここのミルクセーキって意外と美味しいのよね。」


「ピュイピュイ」


分かってるとも。コーちゃんはお酒だよね。




三分も待たない間にさっきの冒険者、グラムスミスはやって来た。


「待たせたな。何を聞きたいんだ?」


「今のクタナツの状況さ。かなり賑わってるじゃないか。何が起こってるんだ?」


「あー、こいつはな……」


ふむふむ。やはり代官はかなり無茶をしているらしい。

まずはクタナツの北北西、ノルド海に港の建設。それに伴い、クタナツからそこまで石畳の街道整備。しかもバランタウンやソルサリエからも港へ行けるようそちらにも街道を整備していると。噂ではクタナツの予算だけでは全然足りないため代官の私財はすでに空っぽ。それどころか実家にまで投資をさせているとか。実家、アジャーニ家はアジャーニ家で宰相争いの真っ最中で大変だろうに。

それどころか奴隷、平民、貴族を問わず労役が課せられた。最低一ヶ月は従事する必要があるそうだ。税金を納めると免除されるそうだが、その額一人あたり金貨百枚。暴動が起こるレベルだが平民が一ヶ月働いて金貨百枚の支払いを免れると考えるとかなりお得だ。

どちらにも従わなかった上級貴族で一家丸ごと奴隷に落とされた家もあるそうだ。やはり代官は本気だな。


ならば冒険者は?

クタナツの冒険者を無理矢理従わせることなど出来るはずがない。しかも今は領都でも有力な冒険者の囲い込みが始まっているし。ダミアンのせいで……

なんと七等星以上の冒険者は少し優遇されているらしい。今回の件に関連する依頼を受けた場合は天引きされるはずの税金を取られないと。逆に関係ない依頼の場合は税が三倍ぐらいになっているらしい。八等星以下に関しては平民と同じで労役の義務があるようだ。私の場合はどうなることか。まあ明後日から自主的に協力するつもりだけどね。代官も国王も嫌いじゃないし。


「てことは北に伸びる街道はまだ動いてないのか?」


「あー、そっちはまだ調査段階だとよ。さすがに手がつけらんねぇだろうぜ?」


ヘルデザ砂漠の西側を北に抜ける街道。完成したら魔境への進出が爆発的に進みそうだ。その分犠牲者も増えそうだけど。


「なるほど。よく分かった。わざわざありがとよ。これ、みんなで飲んでくれ。」


金貨を三枚ほど置いておく。


「バカ、いらねぇよ。楽園でどんだけ世話んなったと思ってんだ。今回の件がひと段落したらまた行くからよ」


なるほど。それもそうか。


「分かった。ありがとな。じゃあまたな。」


「おう、よろしく頼むぜ」


ギルドがこの混雑具合なら素材を売るのはまた今度にしよう。まあ領都で売ってもいいんだけどさ。今日は大人しく帰るとしよう。




この日、私とアレクは我が家で過ごした。数泊しかしたことのない私の実家。いるのは私とアレクとコーちゃんだけ。とても妙な気分だったが、さほど広くない普通の家。これはこれで新婚っぽくて燃えるものがある。いい夜だった。

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