第1001話 スペチアーレ男爵邸

はあ。次にアレクに会えるのは週末だな。

それにしてもあの姉妹、ついあっさり殺してしまったがもう少し吐かせてもよかったかな。私が心配するようなことじゃないのだが。

普通の魔法学校生がどうやって盗賊と通じたのか。また、あの盗賊は誰に売るつもりだったのか。まあそれって騎士団の仕事だよな。頑張って欲しい。

アレクとアイリーンちゃんを殺したら自分が首席って……王都の魔法学院への推薦枠でも狙っていたのだろうか。無駄なことを……領都で頭角を現せないものが、どうして上の学校で頭角を現すことができようか。


よし、帰ろう。帰ってリリスに一言伝えたらスペチアーレ男爵の所に行こう。楽しみに待っててくれてるんだろうしな。「ピュイピュイ」

コーちゃんも楽しみなんだね!




到着。一度来た場所なんだし楽勝だ。


「ピュピュイピューイ」


コーちゃんは一目散に男爵邸へと入っていった。まったくコーちゃんったら。さーて男爵はどこにいるのかな?


と、思ったら酒蔵から男爵が大慌てで出てきたではないか。作業着っぽい服装だな。仕事中だったんだろうな。


「カース殿! よくぞ! よくぞいらしてくれました! さあさあ駆けつけ三杯いきましょう!」


ローランド王国にそんな文化はないぞ。男爵オリジナルか?


「お待たせしてしまいました。マギトレントをお持ちしましたよ。どこに置きましょうか。大きいですからね。」


「むはー! マギトレント! ありがとうございます! ですがそれは後回しですぞ! まずは乾杯といこうではないですか!」


テンション高いな。こんな人柄だったっけな?


「ピュイピュイ」


やはり先に返事をするのはコーちゃんなんだね。いつの間にか男爵の胴体に巻きついてるし。


「では、ありがたくご馳走になります。」


「セリグロウ! お客様だ! カース殿がいらしたぞ! シャンパイン・スペチアーレの五年とつまみを出してくれ!」


「かしこまりました。ようこそのお運びありがとうございます。」


来ただけでこんなに喜んでもらえるなんて、嬉しいものだな。


「ガウガウ」


つまみじゃなくて肉も食わせろって? さすがに執事一人じゃあ手が回らないだろうよ。オークの生肉で我慢してくれよ。


「ガウガウ」


仕方ないから我慢してやる? その代わりブラッシングを念入りにだと? この贅沢もんが。




「それではカース殿との再会を祝して、乾杯。」


「乾杯。」


「ピュンピュイ」


さすがに酒狂貴族と言われるだけあってグラスにも拘りが見える。透明なシャンパングラス。現代日本ならば珍しくもないが、この世界ではかなりの高級品だ。そのうち私も買おうと思っている。


「美味しいですね。そこまで酒精が強いわけでもないのに鼻に抜ける香りが素晴らしいです。まるで秘密の花園に迷い込んでしまったかのようです。」


「さすがはカース殿。そこまでお分かりになりますか。このシャンパインですが、果実だけでなく様々な花の種子をも原料としております。それを見抜かれるとは。」


偶然に決まってるだろ……ちょっとカッコつけてみただけだよ……


「なるほど。花でしたか。悪党とは言え女性を虜にするだけありますね。」


「悪党……ですか?」


「ええ、昔々王都の闇ギルドでニコニコ商会ってのがあったんです。そこのボスだったラグナって奴はシャンピニオン・スペチアーレが殊の外好きだそうです。もっとも先日のディノ・スペチアーレ二十年には目を剥いて驚いていましたが。」


「ニコニコ商会……センクウ親方の元で修行をしている時代に聞いたことがあります。極悪非道の女がいるとか……確か、四つ斬りラグナでしたか……」


そんな昔から有名だったのか。男爵の修行時代って二十年以上前だろうに……


「そんな悪党をも虜にする男爵のお酒は素晴らしいですね。辺境伯家の放蕩三男も絶賛してましたし、うちの父も金剛石を溶かして飲んでるかのようだと。」


「カース殿のお父上……好色騎士アラン殿ですな。光栄です。彼のことも王都時代からよく聞き及んでおりますとも。魔女様とのロマンスは王都中の若者が憧れたものです。」


母上とのロマンス? 興味深いぞ。


「どのようなものですか? 実は聞いたことがなくてですね。」


「うーむ。知っている者は知っているので秘密にするほどのことでもないのですが、アラン殿が御子息に話したがらない理由も分かるのです。ですからここは秘密としておきましょう。ただ王都では今でも演劇をやっていそうなものですから、そちらを見られた方が良いかも知れません。」


「そうでしたか。ではそうしましょう。年末に王都に行く予定もありますので。父は話すと長くなると言ってたんですよね。」


それにしても凄いなうちの父上は。平民出身であの母上がベタ惚れで演劇として語り継がれてるとか。鼻が高いぜ。


「それもそうでしょうとも。演劇だってほとんどが四部構成だそうですから。私も一度だけ見たことがありますがお二人の噂を抑え気味に上演しておりましたね。ぜひ真実をお二人の口からお聞きしたいものです。」


「ますます興味深くなってきましたよ。年末が楽しみです。上演していればいいのですが。」


「年末であれば期待してよいと思いますよ。『聖なる魔女と好色騎士のロマンス』は人気演目ですからね。」


おおー! そんな題目なのか! そのまんまだけとシンプルでカッコいいな。


それにしてもこの男爵とは話が合うな。全然話題が尽きない。酒も進むしツマミがいつの間にかメインディッシュになってるし。執事もやるな。

あー何の肉か分からないけどステーキ美味しい。赤身なのに柔らかいときたもんだ。いやぁ来てよかった。今度アレクも連れて来たいものだ。

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