第996話 狂えるアイリーン

ひとまず落ち着いたかと思ったら衝撃の事実が……


「バラド! バラド! なぜお前が! 嘘だ! こんなの嘘だ! なぜだ! どうして! 嘘だぁー!」


バラデュール君が……殺されていた……盗賊なんかに……


「アイリーン……」


アレクも泣いている……私も泣きそうだ……

他の女の子達はそれどころではないのだろう、放心状態だ。参ったな……




私にできることは肉を焼くことぐらいだ。あと風呂かな?


いつものミスリルで焼き肉だ。今日は海の幸で攻めてみよう。魚に貝類だ。これに魚醤を垂らして……


「ピュイピュイ」


酒も欲しい? いいとも。みんなで飲もう。こんな時は飲むしかないな。


「カース……先にお風呂をお願いしていい? この子達を洗ってあげたいの……」


おお! アレクは優しい。もちろんいいとも。


「分かった。じゃああっちに出しておくね。」


「うん、ありがとう。さあ、行くわよ。こっちよ。」


アイリーンちゃんはバラデュール君の遺体に縋り付いて離れない。やりきれないな……




一人、また一人と焼き肉の前に集まってきた。食べてくれるのだろうか。


「ピュイピュイ」


「コーちゃんが君達にも飲めって。飲む?」


「はい……いただきます……」

「あの……魔王さん……ありがとうございました……」

「もっと早ければ……」


「悪かったね。領都で慌てて情報を集めてから飛んで来たんだよ。ごめんね。」


さすがにこんな状態の女の子達に言い返す気はない。


「いや……魔王さんのせいなんかじゃ……」

「私達の体はもう……」

「初めてだったのに……」


私に言えることは何もない。酒を勧めるだけだ。



そしてアレクも合流した。


「カース、本当にありがとう……よくここが分かったわね……」


「どうにかギルドで情報を手に入れられたもんでね。ここに賭けてよかったよ。


例えどこに売り飛ばされようと絶対取り戻してみせるが、その過程で汚い手が触れない保証はない。やはり急いでここに来て正解だった。


「本当にありがとう……」


口では礼を言うアレクだが、内心は複雑だよな。同級生に裏切られ、別の同級生は凌辱され……親友は最愛の男を殺された……


「ところで……君達が望むならあいつらを好きにしていいよ。」


恨みを晴らすことに比べたら私の小遣い稼ぎなんか微々たるものだ。


「ありがとう……ございます……」

「やる……?」

「いや……アイリーンが……」


あー、復讐するならアイリーンちゃんが優先だよな……


「分かった。とりあえず明日の朝になってからの判断だね。この盗賊の本拠地とか別グループとか何もなかったし。」


こいつらは完全に関連グループもない独立した盗賊だったのだ。つまり捕まえた奴ら以外に復讐の先がない。頭目を生かしておけば少しはマシな情報があったかも知れないがな。まあ大した違いはないだろう。

それにしても闇ギルドが軒並み潰れたら今度は盗賊か。世に悪人の種は尽きまじか……




みんな結構飲んでいるのだが誰も酔ってない。それでもコーちゃんは場を盛り上げようとするかのようにピュイピュイと各人の周りを移動している。なんていい子なんだ……

これには女の子達も少しは表情がほぐれている。本当に少しだけだが……


やがて女の子達は誰からともなく泣き始めた。すすり泣きが号泣に変わるまでにさほど時間を必要としなかった。私にできることは、もう何もない……風呂でも入るか……




ふう……今夜も星がきれいだ……もうすっかり寒い時期になってきたが露天風呂は暖かい。

盗賊か……スパラッシュさんもこうやって妻子を殺されたんだろうな……

盗賊の人数はざっと三十人。そのうち生かしているのが五人だけ。生かしておいた奴らの証言からするとそれで全てだ。見逃した奴はいないし生き残りの村人もいない……

そう言えば夏に王都を襲った大規模な盗賊はどうなったんだろう? まさかあいつらの残党が王国中に散ってるとか? 明日の朝にでも改めて尋問してみようかな。仲間の有無は聞いたが出身なんかは聞いてなかったからな。そしてアレクとアイリーンちゃんを売り飛ばそうとしてたってことは買う奴を知ってるってことだ。頭目は生かしておくべきだったか? うーん、少し反省。




ん? 足音がする……アレクではない。となると……


「カース君……」


「アイリーンちゃん……」


手には槍。顔も服も血塗れだ。


「あいつらを殺したんだね?」


「ああ……殺した……悪いか?」


「いや、問題ないよ。ただ汚れがひどいから風呂に入った方がいい。僕はもう出るから。」


「待ってくれ……聞いて欲しいことがある……」


私は裸なんだがな。


「いいよ。どうしたの?」


「カース君には感謝している。もし君が来てくれなかったら私もアレックスも売り飛ばされていたはずなのだから……」


「そうかもね。」


「それなのに……私は……カース君が憎くて仕方ない……もっと早く、バラドが死ぬ前に来てくれていたら……そう考えてしまうんだ……」


「ごめん……」


さすがに目の前で恋人を亡くしたアイリーンちゃんに反論などできない。恋人というか実質は婚約者だしな。


「だから……死んでくれ!」


閃光のような槍が私を襲った……

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