第965話 三回戦 第三試合

『スティード選手! カース選手! 立ち上がってください! 先に立ち上がった方を勝ちとします!』


『だめだな。動く気配がねえ。マリアンヌ、近くまで行ってみな。意識のある方を勝ちにすればいい。』


『仕方ありませんね。行ってみましょう!』


放送席から武舞台へと移動する黒百合マリアンヌ。


『さぁー! 声を出してください! 先に声をあげた方を勝ちとしますよ!』


「うう……」


うめく声が聞こえる。


『もっと! もっと大きな声をお願いします! 自分が勝者であるかのような雄叫びを!』


「うおおおおおおおーーー!」


『聞きとどけましたぁー! 三回戦第二試合! 勝者は! スティード・ド・メイヨール選手でぇーす!』


『終わってみれば賭け率通りか。この倍率じゃあ当てても旨味はないがな。』


武舞台ではマリアンヌがスティードの手からゆっくりと拘束隷属の首輪を外している。本人以外からすれば犬の首輪を外すのと何も変わらないのだから簡単なことだ。


そしてスティードは立ち上がり、カースを抱え医務室へと向かった。





医務室へと続く通路にて。アレクサンドリーネが待ち構えていた。


「スティード君。よくあの首輪を着けられて声を出せたわね。お見事としか言えないわ。」


「苦しかったよ。まるで体中を大岩で押さえつけられてるのかと思うぐらいに。カース君はそんな状態で戦ってたんだね……」


「いえ、それは違うわ。この首輪、もうカースには効いてないそうよ。つまり、私もスティード君も鍛えればカースみたいになれるかも知れないってことよ……」


「そっか……今日は上手く目潰しが効いたから勝てたけど、やっぱりカース君は……遠いね……」


「そう、ね……後は私が。スティード君は次の試合を見ておかないと。」


「そうだね。アレックスちゃん、カース君を頼むね。」


こうしてスティードは武舞台袖へ、アレクサンドリーネは医務室へと向かった。




『決勝トーナメント三回戦第三試合! 一人目は! ラグナ・キャノンボール選手ぅー! 皆さんご存知の四つ斬りラグナ選手でーす! スティード選手が控え室で暴れたために三回戦の出場者がいなくなってしまったのです! そこで急遽ダミアン様の推薦枠ということでの参加とあいなりましたぁーー!

そして二人目! トンファー使いのスティング・アイギーユ選手ぅー! 実は控え室での難を逃れた幸運者! 本当の年齢は何歳なのか! ラグナ選手は三十超えらしいぞぉー!』


『アイギーユ? どこかで聞き覚えのある名前なんだよな。それにしても面白い組み合わせになったもんだ。どことなく同じ匂いがする二人に思えるぜ。さーて、賭け率だが……一対一だ。互角の勝負になるかどうか。』


『それでは第三試合始めます! 双方構え!』




『始め!』


どちらも動かない。構えもとらない。


「アンタ、どこのモンだぁい?」


「どこのモンとは?」


「とぼけんじゃないよぉ? アンタどう見ても闇ギルドの人間だろぉ? このフランティアでよくもまあ生き残ってたもんだねぇ。」


「ヒッヒッヒ、フランティアなればこそ生き残っておったのよ。これが王都なればそうもいかんでなぁ。」


「ふん、つまりまだまだ闇ギルドは生き残ってるってこったねぇ? それがわざわざこんな大会に出てきたってことは……アンタレスと同じ、もう後がないんだろぉう? つまりアンタの正体は……」


遮二無二トンファーを振るいラグナに肉薄するスティング。スティングがトンファー二刀流ならばラグナも木刀二刀流だ。手数も回転数も拮抗していた。


「ヒッヒッヒ、かつて王都一の闇ギルドと恐れられたニコニコ商会の四つ斬りラグナも今ではただの女か。お前に殺された奴らも草場の陰で笑っておろうのお。」


「ふぅん? そこまで知ってんのかいぃ。あいにくこちとらアンタみてぇな奇妙なジジイに知り合いはいないねぇ。何が二十歳さぁ。ジジイなんだろぉ?」


それぞれの攻撃はますます激しくなっていく。トンファーと木刀の激突する音はどんどん激しく短くなっていく。


「ヒッヒッヒ、ワシのようなピチピチのモダンボーイを年寄り扱いするとは感心せぬのお。行き遅れのラグナ婆よお。」


「殺す!」


ラグナの剣は悪く言えば基本がなっていない粗野な剣。良く言えば余人には捉えきれない変幻自在の剣。ただ相手を殺すことのみに精力を注ぎ、なおかつ四つに切り分けることに拘ったいびつな剣なのだ。

それだけにスティードのような正統派剣士と相対し、守勢に回ったりするとたちまち優位性を失い負けてしまう。

しかし、一貫して攻勢を続けるならば、その強さは無類と言えるだろう。人を殺すことなんて首を少し切れば事足りるのだ。それをわざわざ人体を四つに分割しようだなんて、無駄もいいところである。


しかし、裏社会では殺し方にも意味があった。


『誰が殺したか』


それを十全に示す必要があったのだ。

あの殺し方はどこどこのあいつか。ああ、自分はそんな死に方はしたくないな。ならばあいつと敵対するのはやめておこう。そう思わせなければ上へは行けない。示威と効率のせめぎ合い。そんな世界で生き抜いて、組織を王都一と呼ばれるまでに育てあげたラグナである。今ではカースの軍門に下り、ダミアンに骨抜きにされてしまったけども、同類に負けるわけにはいかない。ニコニコ商会最後のボスとしての僅かなプライドが残っているのだから……

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