第926話 痛恨ダミアン

イザベルが治療院に戻ってからおよそ一時間後、カースも戻ってきた。父を心配する息子の顔そのものだ。


「母上、父上の具合は?」


「大丈夫よ。さっき少し目を覚ましたわ。何の心配もいらないわ。」


「良かったよ。で、結局何が起こったの?」


「分からないわね。他の門弟さん達は誰も目を覚ましてないから。傷口からすると大型の鳥系ね。それも強力な毒持ちの。」


「大型で鳥系で毒って……コカトリスとか?」


「そんなところでしょうね。アラン一人なら負けるはずなんかないのに……」


「だよね。無尽流の稽古か何かだったのかな?」


「きっとそうね。アランにしては目論見が甘かったとしか言いようがないわね。」


「そっか……ダミアン達は?」


「あっちに寝かせてあるわ。もう起きていてもおかしくない頃よ。」


「分かった。ありがとね。」




やはり父上は無事か。一安心だな。後はダミアンとリゼットのことがバレなければいいのだが……完全に関所破りだもんな。


「ダミアン、起きてるか?」


「おお……カースか。ここはどこだ?」


「クタナツだよ。領都の治療院に誰もいなくてな。」


「俺はどれだけ寝てたんだ?」


「まだ一日も経っちゃいねーよ。ラグナが心配してたぞ。アタシのせいだってな。」


「ラグナが悪いわけねーだろ。行き先は行政府だからよ。さすがに連れて行けねぇさ。」


「それに相手は騎士が四人だそうじゃないか。ラグナでもキツかっただろうよ。」


「そうか……四人か。俺が見たのは二人だったぜ。普通に巡回してたもんだからよぉ。油断したぜ……せっかくコーちゃんが鳴いて知らせてくれたのによぉ。」


「ピュイピュイ」


コーちゃん!

どこにいたんだい?


「ピュイピュイ」


リゼットが? よし、行こう。


「リゼットの様子を見てくるわ。」


「おお、頼む。俺の正室になる女だからな。」


ダミアンめ。殊勝なことを言うじゃないか。


あっちか……


ノックしてもしもし。


「リゼット、調子はどうだ?」


「カース様! ここは一体!? 私はどうして?」


「覚えてないのか? ダミアンと一緒に夜道を歩いてて襲われたらしいぞ。ここはクタナツな。」


「あ、ああ……言われてみれば。え? クタナツ、ですか?」


「ああ、うちの母上が診てくれたおかげで助かったんだ。後で礼を言っておきな。」


「あ、あの高名な魔女様が、ですか!? 」


「それとうちの元メイドのマリーもだな。俺の兄の奥さんでもある。」


「そうでしたか……重ね重ねありがとうございます。この御恩は忘れません。」


「コーちゃんとカムイもだからな。」


「ええ、もちろんです。」


何にしても、こいつらが助かってよかった。日が沈んだら領都に連れて戻るとしよう。


「大丈夫そうね。」


「あ、母上。」


「お初にお目にかかります。リゼット・マイコレイジと申します。この度はお世話になりました。ありがとうございます。」


「いいのよ。ほんのついでだから。さあ、カースは出てなさい。傷を診るから。」


「分かった。頼むね。」


母上にかかれば傷痕なんか残らないもんな。




ダミアンの所に戻ると、コーちゃんと戯れている。いや、心なしかコーちゃんが慰めているような? ダミアンの顔色がおかしいぞ。


「おいダミアン、どうした? 気分が悪いのか?」


「やべぇぜ……白金貨二百枚が……ねぇ……」


「はあ? ないって、魔力庫に入れてたんだろ?」


「当然だ……それなのに……ねぇ……」


そんなバカな!

魔力庫の中身を盗むのなんか不可能だろ!


いや……まさか……


「個人魔法使いか?」


「他に考えられねぇな。まあ何らかの禁術ってセンもあるがよぉ。」


「禁術か……なら、それはもうしょうがない。金ならまた貸してやる。次で最後だがな。」


「すまねぇ……死に金になりかねねぇってのによぉ……」


「あの金が長男に渡っているとすれば、かなり劣勢になるんじゃないか? せめて同額はないと勝負にならんだろ。倍にして返せよ。」


「ああ。オメーはドストエフ兄貴を疑ってんのか。俺ぁてっきりデルヌモンの差し金かと思ったぜ。」


なるほど。五男の可能性もあるのか。一応アレクから聞いた話も伝えておこう。




「なるほどな。そりゃあドストエフ兄貴が怪しいわな。いや、もしかしたら二人が組んでる可能性もある。俺にぁオメーがついてるからよぉ。」


「なるほど。あり得るな。それにしてもタイミングよく襲われたもんだな。心当たりはあるか?」


「ねーな。だが偶然じゃねぇ。おそらくずっとつけ狙ってたんだろうぜ。そして昨夜、ついに機会が来たってとこじゃねぇか?」


「なるほど。考えようによってはツイてたな。俺が領都にいる時でさ。で、報復はするのか?」


「ああ、やる。ただしスマートにな。来週末の子供武闘会が楽しみだぜ……」


「あー、そんなのもあったな。あんま無理すんなよ。じゃあ俺はちょっと出てくるわ。」


「おお、ありがとな。」


さすがのダミアンも心身どころか懐にまでダメージを負ってしまったもんな。そりゃあしおらしくなるわな。

それにしてもあれだけの大金を盗まれたことも痛いが、まさか魔力庫の中身を抜くことができる奴がいるなんて……

落ち着いたら母上に相談だな。私の魔力庫から抜かれたりしたら最悪だもんな。


他人に成り済ます奴も厄介だが、他人の魔力庫をいじくれる奴も厄介この上ない。やはり世の中は甘くないよな……




さて、久々にクタナツに帰ったことだし、発注していたアレを受け取りに行こう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る