第902話 男爵との夜

私達が戻ってみると、酒も肉もなくなっていた。


「ガウガウ」

「ピュイピュイ」


二人して肉も酒もお代わりを所望か。


「男爵、お酒をお願いできますか? 私は肉を焼きます。」


「ああ、お任せください。少し強めの酒を出しましょう。」


それにしても不思議な気分だ。スペチアーレ男爵はどう見ても父上より歳上、ゼマティスのおじいちゃんよりは歳下かな。それなのに気が合う。今日が初対面なのに飲んでいて楽しい。私の中身がおっさんだからだろうか。




「お待たせしました。『ゾリゲン・スペチアーレ』の十年物です。」


「ピュイピュイ!」


私より先にコーちゃんが食いつくんだよな。


「いただきます。」


まずは一口。やはり旨い。スペチアーレシリーズって全体的にウイスキーかブランデーのどちらかに近い味わいなのだが、これなんかは特に顕著だ。まるで正統派ウイスキー、グレーンに近いのかな。


「ピュイピュイ」


コーちゃんもお気に召したようだ。


「ガウガウ」


カムイは肉を焼けとうるさい。生でも食べるくせに。




「ところで男爵、樽にこだわりはありますか?」


あるに決まってるだろうけどね。


「もちろんありますよ。そもそもここを領地としていただいた理由の一つは木材です。一番の理由は水ですけどね。」


「いい木が多いんですか?」


巨大なムリーマ山脈だもんな。色んな木が生えていてもおかしくはない。


「ええ。ナラーやカッシーの木が多く生えているのが魅力的ですね。たまに半ば魔物と化した木もありますので、注意が必要ですがね。」


「マギトレントに興味はありませんか?」


「マギトレントですか!? あるに決まってます! まさか! お持ちなのですか!?」


「いえ、手持ちにはありませんが、ノワールフォレストの森での群生地を知っています。何本か切ってお持ちすることは可能ですよ。」


「お願いします! ぜひ! ぜひとも! 報酬はいくらでも!」


ふふふ、想定通り。


「報酬にはお酒が欲しいですね。どれをお渡しくださるかはお任せします。私が持って来たマギトレントを見てご判断ください。」


「いいですとも! いつですか! いつお持ちいただけますか!」


顔が近い! 酒臭い! たぶん私もだろうけど。


「では、来月半ばでいかがでしょうか。遅くとも来月末にはお持ちしましょう。」


「おおお! ありがとうございます! もう靴を舐めるだけでは追いつきませんよ! 何をしましょうか! 背中を流しましょうか! ありがとうございます!」


作戦成功。これでもう酒に困ることもない。やはり来てよかった。


この夜はどこまでも男爵と酒を飲み続けよう、と思ったら男爵は私より先に潰れた。仕方がないので、適当な部屋に運び込んでおいた。酒は山ほどある。さあコーちゃん。一緒に飲もうね!


「ピュイピュイ!」

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