第891話 海賊との遭遇

アブハイン川の景色を見下ろしながら、ゆっくりと北上していく。目標はアブハイン川の源流に領地を持つという酒狂貴族ことスペチアーレ男爵の家だ。当てもなく探すつもりだが、果たして見つかるのだろうか。


それにしても長く太い川だなぁ。対岸も見えなければ、海側を見ても山側を見ても果てが見えない。


眼下には時折船が見える。海に比べれば魔物が少ないそうなので海運がそれなりに発展しているとか。すると必然的に海賊もいるらしい。川なのに? でも川賊って言うとなんだか間抜けな響きだな。


そうやってのんびり川面を見ながら飛んでいた時だった。


ゆっくりと川を遡上する中型船に横から近付く小船が現れた。船足が段違いだ。

その小船は勢いそのままに、中型船の横っ腹へと舳先をめり込ませ自船を固定してのけた。例えるなら石頭のチビって感じか。ちっ、海賊め……手慣れてやがる。


まあそれなりの船だし護衛もいるだろう。とりあえずは高みの見物だな。『遠見』


ふむふむ、海賊はたったの三人か。それに対して護衛は十人もいるじゃないか。しかも海賊は素手? 何を考えてるんだ?


甲板にて戦いが始まった。お互い律儀に甲板でしか戦わないようだ。足元の覚束ない護衛に対して安定感抜群の海賊。たった三人を相手にたちまち人数が半減、残り五人となった。


海賊の平衡感覚が抜群なのかと思ったら、何か魔法を使っていやがる。正確には分からないが、平衡を保つ魔法とかそんな感じだろう。やはり世の中にはまだまだ私の知らない魔法があるんだなぁ。勉強勉強。

それにしても護衛の不甲斐ないことよ。多少揺れるからって戦いに影響が出るなんて。もっとも、私ならとっくに酔って戦力にすらならないだろうな。船なんか嫌いだ。


そうこうしているうちに護衛は残り一人。リーダーかな? 一人でも槍を振り回して奮闘している。


「ピュイピュイ」


そろそろ助けてやれって? コーちゃんは優しいね。理由付きだとしても。ならば私がやってもいいのだが……


「ガウガウ」


たまにはカムイが行きたいんだな? いいよ。行っておいで。


すると、カムイは上空百メイルぐらいのミスリルボードからひょいっと飛び降りた。飛び降りなくても私が降ろしてあげるのに。カムイはせっかちだなぁ。


カムイの落下により激しく水柱が立ち、全員が注目する。そして次の瞬間、カムイは既に甲板に立っていた。早すぎる……


私も近くまで降りよう。




「なっ! なんだこいつ!? 狼か!?」

「ど、どこから来やがった!?」

「狼狽えるな! 周囲を警戒しろ!」


おっ、海賊でもリーダーともなると冷静なんだな。でもなぁ……


いくら警戒しても、カムイのスピードはねぇ……


「おまっ、首っ」

「おっれの、首ぅ」

「くっびぃ」


私にもカムイが何をやったのかほとんど見えなかったけど、海賊三人の首はコロコロと転がった。修行の成果なのかいつも通りなのか、恐ろしい奴だ。でもかわいいぞ。


「ガウガウ」


風呂に入れろって? 分かってるさ。少し待ってな。私も甲板に着陸した。


「よう、災難だったな。ポーションいるか?」


見たところ何人かは死にかけだもんな。


「い、いや、それには及ばない……ご助力、感謝、する……」


「おう。いいってことよ。船長、もしくは荷主はいるか?」


「あ、ああ、呼んで来る……」


その間にカムイに乾燥の魔法を使っておこう。毛並みが痛まないようにゆっくりと……


「ガウガウ」


ふふ、気持ちいいか。きれいな毛並みをしやがって。うりうり。




「君が助けてくれたらしいな。ありがとう。船長のカピタイルだ。」


「俺は八等星、カース・ド・マーティン。助けた理由はこの船の積荷。助けたのはこの狼だ。」


この名前を名乗るのも残り何回なんだろうか。感慨深いものがあるな。


「どういうことだ? 積荷を狙っているのか?」


「いや、うちの蛇ちゃんがな。この船に乗ってる酒が一樽でいいから欲しいそうだ。」


「ピュイピュイ」


あんな上空にいたのに酒の匂いを嗅ぎつけるとは、コーちゃんは凄いね。


「ま、待ってくれ! それは困る! この酒は全て届け先が決まっているんだ!」


「悪いがそれは通らないな。なぜなら、この子が一声かけなければうちの狼は動かなかった。つまり全部海賊に奪われてたってことだ。それをたった一樽で勘弁してやるって話だぞ? 俺らがどれだけお人好しか分からんか?」


「船長……あの服装、蛇に白い狼……そして名前……彼はもしかしたら、魔王かも知れない……」


「魔王だと!?」


おっ、気付いてくれたね。船長は信じるかな?


「正解。自分で名乗ったわけではないが魔王と呼ばれている。そんで、どうする? 一樽寄越すか寄越さないか?」


「譲ろう……死ぬまで抵抗してもいいが意味がない……届け先には正直に謝るしかない……」


「ちなみにどこに向かってんだ?」


「大半の酒樽はスペチアーレ男爵に届けることになっている……」


なんと! これはタイムリー!

まさかコーちゃんはここまで分かっていたのか?


「ピュイピュイ」


美味しそうな酒だから欲しくなっただけ? それでもコーちゃんの嗅覚は凄いんだね。


「それなら提案がある。道案内をしてくれるなら船ごとスペチアーレ男爵のとこに運んでやってもいい。もちろん荷物だけでもいいがな。」


「船……ごと……?」


「そう。船ごと。船を丸ごと魔力庫に入れてもいいし、そのまま浮かせて運んでもいい。そしたら船長達も楽ができるよな。」


「な、なぜ……? なぜそんな面倒なことを?」


「理由は簡単。俺らもスペチアーレ男爵の所に行きたいから。ただ場所が分からなくてな。センクウ親方ですらアブハイン川の源流としか知らないもんだからさ。」


「よし……なら、魔王のお手並みを拝見させてもらおうか……」


決まったな。私も道案内をゲットできてウィンウィーンだな。


では行こうか。


『浮身』


船が空を飛ぶぜ。

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