第890話 出立! ドナハマナ伯爵領

「魔王殿! その者をお離しいただけないですか!」


あれは、昨日道案内をしてくれた騎士か。


「あんたが言うなら構わんよ。しかしすでに二人ほど殺ってしまったけどな。」


「そ、それは……一体いかなる事情で……」


面倒だが、事情を説明してやる。基本的に私はお人好しだからな。




「とまあそんな訳だ。こんな奴らを野放しにせざるを得ないとは伯爵も頭が痛いことだな。同情するよ。」


「ご理解いただけて……幸いです……」


「俺は全然構わんけど、あいつらはいいのか? 俺は構わないんだけどな。どっちでも。」


こいつの後ろには殺気立った大勢の騎士がすでに剣を抜いている。相手が剣を抜いているのに何もしない私はお人好しを通り越して間抜けなんじゃないか?


「待て! お前ら! この方は魔王殿だぞ! お前らごとき雑兵が何人集まろうと相手にもならん!」


「副長よぉ〜、アンタ舐められっぱなしでいいんかぁ〜?」

「俺らドナハマナ騎士団が舐められてんだぜぇ〜?」

「こんなハッタリだけで魔力もねぇガキだぜぇ〜? せいぜいあの狼が強えだけじゃあん?」

「そーそぉ〜。さっさとやっちまおうぜぇ?」


「待て! やめろ! お前らみたいな空頭に何が分かる! お前らみたいなカスでも今死なれるとまずいんだ!」


へぇ、こいつ副長だったのか。うちの父上だって副長なんだよな。少しだけ親近感。


「あんた副長だったのか。苦労するな。あいつらは剣を抜いているが、もう少しだけなら待ってもいいぞ。」


苦労してそうだから少しは譲歩してやろう。


「お前ら! 剣を収めろ! 今ならまだ間に合う!」


「うるせぇなぁ〜そのガキが金でも出すんなら勘弁してやるがよぉ〜」

「そーそー。こんな弱っちいガキに何ビビってんすか?」

「ぷぷっ、こんなガキが魔王とか! どうせ王都のぼんくら貴族に金でも掴ませたんじゃん?」

「そーそぉ〜。狼ごとやっちまえばいいんだろぉ? こっちぁ何人いると思ってんだぁ!?」


あーあ。可哀想な副長。待つのはここまでだ。


『榴弾』


狙いは手足。副長に免じて命だけは助けてやるつもりだが、死んでも気にしない。どうにかミンチにならない程度に威力を抑えたベアリング弾の嵐を味わいな。


何人か避けた奴もいるが、ホーミングなので意味がない。魔法で防御をしようとした気配もあったが全然間に合ってない。やはり雑魚ばかり。


つまり、全滅だ。いや、全員生きているよな? 骨は折れたりしているが、見た感じミンチなんかにはなっていない。


『水壁』


人数が多いから面倒なのだが、いつものように閉じ込めて拷問タイム。ほんと、いつも流れ作業なんだよな……


それにしても、なぜいつもいつもこいつら系の奴らは現実を無視して自分の思い通りに事が運ぶと考えてるんだろうか。これはもしかして中世あるあるなのか? いや、無法者あるあるかな? 騎士なのに。





すっごく、とてつもなく面倒だったけど、一人ずつ全員に契約魔法をかけてやった。内容は真っ当な騎士として職務に励むこと。ちなみに魔力はかなり軽めにしてあるので頑張れば破れるかも知れない。その代わり破ったら目が潰れる特約を付けてやった。文字通り、目玉がグチャっと潰れるように。このタイプの契約魔法を使うのは初めてなので実験をしてみたかったってこともある。うまくいくのだろうか……


それにしても……結局私って仕事してるじゃないか!

何なんだ!? 社畜か!?

お人好しにもほどがあるだろ! 気にせず全員殺してもよかったのに! つい副長に同情してしまった……




「魔王殿! 何という暖かいお心遣い! 私、ドナハマナ騎士団伯爵親衛隊副長フォーク・ド・グランメル感服つかまつりました!」


「いや、まあ、そのな。気まぐれってとこだ。これだけの騎士が真面目になったらあんたも仕事がやりやすいだろ?」


「間違いありません! ぜひ伯爵に御礼などを出すべきと奏上したいのですが! お待ちいただけませんか!?」


「いや、いらない。代わりにタンドリアに入り込んでるかも知れないヒイズルについて調査しといてくれよ。本気でやらなくていい。何かのついでに情報が入ったら気に留めておく程度でいいから。」


「はっ! 伯爵にもその旨お伝えしておきます! 総員整列!」


おっ、城門周辺にいた騎士がおよそ百人。先ほど大怪我をさせて動けないのが半分ぐらいか。剣を抜かなかったため無事な残りがさっと整列し、私を見送ろうとしている。うん、悪くない。


「じゃあ伯爵によろしく。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


「この街はきっと我らが立て直してみせます!」


「頑張りな。じゃあまた。」


「総員敬礼!」


おお、壮観。ますますいい気分。行列を作ってる市民の皆さんには悪いが私を先に通してもらうぞ。




ゆうゆうと城門を出たらもう飛ぼう。とっくに昼は過ぎてしまったが、急ぐ予定はない。このままアブハイン川を北上してみよう。


あ、お土産買ってない……

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