第883話 騎士長の過去

「た! 頼む! このことは国王陛下には!」


あら? 意外な返事。


「なぜだ? わざわざ陛下が来ると思ってんのか?」


「ち、違う! 私は王国騎士団に戻りたいんだ! こんな、腐った街なんかまっぴらなんだ!」


戻りたいってことは元は王国騎士団にいたってことか。興味はないけど一応聞いておくか。


「それならなぜここで騎士長などやっている? 左遷されるにしてもここに飛ばされるのはおかしいだろ?」


王国騎士団の左遷先が貴族領というのはおかしい話だ。国家公務員の左遷先が地方銀行であるようなものだろ? おかしい。


「あれは十五年ぐらい前のことだった。私は当時王国騎士団の「待て。」


「何だ? 質問なら後にしてくれ。」


「その話長いんだろ? 聞きたくない。陛下には黙っててやるから、そのシザーズだっけ? 適当に処分しとけよ。もうバカらしくて付き合ってらんないからさ。」


自分で聞いておいて何だが、面倒になってきてしまった。コーちゃん達も待たせているしな。


「なっ!? 私の栄光と転落の一大叙事詩が聞けんと言うのか! 私の! 私のおおぉぉぉ!」


「ま、待て、落ち着け。聞いてやる。聞いてやるから、な? 酒でも飲みながら話そうぜ?」


「ふむ、そうか。聞きたいか。では酒でも飲みながら話してやろう。こっちだ。」


なんだこいつ? 情緒不安定か? こんな奴が騎士団のトップとは……


「連れを呼ぶからちょっと待ってな。」


酒を飲むのならコーちゃんも呼ばないとな。しかしまあ騎士長ともあろう者が大勢の部下が大怪我してんのに無視して酒とは……よほど私の口を封じたいらしい。それとも話を聞いて欲しい寂しがり屋か?




さて、場所は騎士長の執務室かな。私とコーちゃん、カムイ。それから騎士長と秘書らしき女性。やたら色気があるじゃないか。同じ騎士長でもアレクパパには秘書なんかいなかったような記憶があるが。


「まあ飲んでくれ。」


「ピュイピュイ」


私は飲まないがコーちゃんが飲む。


「ピュイピュイ」


え? そうなの? コーちゃんは鋭いね。


「そこの引き出しに薬が入ってるな? この子に出してやってくれ。


「あ、ああ……『気紛天使きまぐれてんし』だ……」


「ピュイピュイ」


味はまあまあ? 酒との相性も悪くはない? やっぱりコーちゃんは味に厳しいんだね。


「それでな、あれは忘れもしない十五年前のことだった……」


長い話が始まった。私は甘めのミルクティーを飲みながら聞き流している。コーちゃんは時折「ピュイピュイ」と返事をするが、カムイは寝ている。

結構な頻度で他の騎士が「大変です!」と部屋に来るが、騎士長は「後にしろ!」と自分の話を優先している。





「と、言うわけだ。私の陛下に対する忠誠は少しも変わってない! だからどうか陛下にとりなしてくれないだろうか! 金なら払う! たのむ! この通りだ!」


かなりぼーっとしていたら、いつの間にか話が終わっていた。長かった……


三行でまとめると……

・女に入れあげて王国騎士団をクビになった。

・その女がここらの名家の出で、コネで騎士団に入った。

・実力で騎士長にまで成り上がった。


この程度の話に何時間かけてんだ。しかも実力で出世したって絶対嘘じゃねーか。


「よーく分かった。それなら陛下に手紙を届けてやろう。会ったらな。思いの丈をぶつけてみな。」


「おお! ありがとう! さっそく書くから少し待ってくれ!」


よし、これなら私がわざわざ喋る必要はない。しかもいつ会うかなんて分からないし。その手紙を読んだ国王がどうするかなんて知ったことじゃない。そもそも読まない可能性だって高い。




嬉々として手紙をしたためる騎士長。秘書に向かって、王都に行ったらお前にもいい暮らしをさせてやる、なんて言ってる。懲りない奴だな。マジでここ街はダメ人間だらけなのか? ここの領主は何やってんだ?


あーあ、帰ろ帰ろ。やはり私は働きすぎだよな。まったく……

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