第848話 アレクサンドライトの首飾り

夕方から深夜まで。深夜から翌朝まで。私達は食事もせずにお互いを求め続けた。



朝の日が昇る頃、眠気に負けて二人ともベッドに倒れこむ。きっと昼にはマーリンが起こしに来てくれるだろう……食事を用意して……





「おはよう。よく寝てたわね。スッキリした?」


「おはよ。起きてたの? アレクのおかげでいい気分だよ。」


「昨日は元気なかったものね。それなのに……カースったら……」


「アレクのおかげだよ。アレクに会えたから元気になったんだよ。いつもありがとう。」


「もう……それは私のセリフよ。いつも領都まで会いに来てくれてありがとう。」


朝から、いやもう昼か。なんていい雰囲気だ。これはもう我慢できない。


「おはようございます。もう昼ですよ。たくさん食べてくださいね。」


マーリンが料理を運んで来てくれた。これもパターンか。まったくマーリンは……でもありがたい。かなり腹がへっているんだ。私もアレクも。




はあ……美味しい……心が満たされる感覚……




よし、食べたら風呂だ。昼から風呂で酒を飲む。今日は退廃的に過ごすと決めた。


「ねぇカース。お風呂でお酒って、もの凄く悪いことをしている気分だわ。」


「そうかもね。たまにはいいよね。酔ったアレクもかわいいしね。」


「カースは酔ってなくても素敵よ? みんなはカースの顔を平凡とか凡庸って言うけど私は好きよ。特に獲物を仕留める時の凛々しい眼差しなんか私以外の女に見せたらだめなんだから!」


おおっ! なんと嬉しい! そんな風に思っていてくれたのか! 酔いが回りつつあるせいで普段は言わない本音が出ているのかな? かわいいやつめ。


「じゃあもうソルダーヌちゃんとかリゼットみたいな女の子を用意しないでね。リゼットに見せるのは……まあいいけど。」


「分かってるわ。ねぇ、今夜は辺境伯邸で復興パーティーがあるわ。行く?」


「もう復興したの!? それはすごいね。せっかくだから行ってみようか。でもそれまではのんびりしようね。」


十四歳の男女が豪邸の風呂で昼から酒。文字にすると世の中舐めてんのかと言いたくなる場面だよな。しかし自信を持って言えるのは、全て私が自力で手に入れたものだということだ。まあアレクは物じゃないけど。自力と言うにも母上から習った魔法の力ってことではあるが。




深く泥酔することもなく、私達は風呂から出て寝室へと戻った。今から夕方まで……二人きりの時間だ……




「さあ、アレク。そろそろ準備しようか。」


「そうね……馬車も呼ばないといけないし……」


「馬車は僕が呼んでおくからアレクは準備しておいて。首には何も巻かないでね。」


「え、カース!? それってまさか……」


「ふふ、後でね。びっくりするよ?」


これをアレクの首に巻く日を楽しみにしていたのだ。それでなければ辺境伯邸のパーティーなんぞ誰が行くかい。




馬車の手配は済んだ。普通の貴族なら一家に最低一台は馬車があるものだが、私はもちろん持っていない。パーティーに行く時しか使わないのだから辻馬車で十分だ。さあ、いよいよだ……




「アレク、入るよ。」


アレク用の部屋と立ち入る。


「用意できたわ。どう?」


「きれいだよ。ベージュのドレス、よく似合ってるよ。じゃあこれ、首に巻くね。髪を上げてくれる?」


アレクは豪奢な金髪をかきあげる。たったそれだけなのに、すごく綺麗だ。絵にして飾っておきたい。私はアレクの後ろにまわり、アレクサンドライトの首飾りを纏わせる。オリハルコンの鎖がしゃらりと音を奏でアレクの白く細い首を彩る。ああ、パーティーなんか行きたくない。このままアレクを……


「カース! すごいわ……こんなの初めて見るわ……こんな複雑なカットも……この大きさも……そして何より圧倒的な赤……夕日でも盗んできたの?」


さすがアレク。上手いこと言うよな。


「似合うよ。これはアレクのためだけに生まれ、アレクのためだけにカットされた宝石。だから別名アレクサンドライトって言うらしいよ。それからこの鎖はオリハルコンだよ。」


「オリっ……すごい……どうやったらオリハルコンがこんな繊細に……カットの精密さも……王都一の職人だってここまではできないかも……」


「ダークエルフの職人が一週間かけてやってくれたんだ。殺す気か? なんて言われてしまったよ。」


「ダークエルフ? あの時、フェアウェル村で言ってた!? ああっ、カース! ありがとう! 私もうパーティーなんて行きたくない! カース!」


アレクもか。私もだ。そろそろ正門前に馬車が来るが、構うことはない。ドレスを剥ぎ取る。


「見て、アレクはドレスなんか着ない方がよほど美しいよ。」


首飾りだけを身に纏ったアレクを鏡の前に立たせる。


「カース……恥ずかしいわ……」


「王国で一番この首飾りが似合うのは間違いなくアレクだね。きれいだよ。」


「カース……本当にありがとう……幸せすぎておかしくなりそう……」


それから一時間。






〜〜削除しました〜〜





「よし、やっぱりパーティー行こうか。アレクを見せびらかしたいよ。」


「……もう……カースったら……分かったわ。準備するから出ておいてくれる?」


「分かった。待ってるね。」


馬車もすっかり待たせてしまったな。チップを弾まないといけないな。




そして五分後。


「お待たせ。行きましょう。」


用意が早すぎる!


「おお! ラベンダー色って言うの? すっごく似合ってるよ! そこに一際目立つアレクサンドライトが最高だよ!」


「ありがとう。さっきのドレスはカースが破っちゃったから。悪い人ね?」


「あはは、ごめんよ。じゃあ明日ドレスを買いに行こう。」


「ええ、楽しみにしてるわね。あっ! カースそれ! カフリンクス! お揃い!?」


アレクにしては珍しく変な口調になってるぞ。パーティーだからな、早速着けてみた。ふふふ。


「そうなんだよ。アレク用にカットした残りを利用して作ってもらったんだよ。同じ石から削り出した究極のお揃いさ。」


「最高だわ……私、またカースと一つになったのね……嬉しいわ……」


「僕もだよ。これからもずっと一緒だからね。」


「ええ、ずっと……」


最高だ。首飾りもそうだが、こんなに喜んでもらえるなんて。ダークエルフの村まで行って良かったなぁ。


そして後ろ髪を引かれながらも馬車に乗り込み、辺境伯邸に到着。遅くなったせいか全然混んでなかった。御者さんには相場の五倍ぐらいチップをあげておいた。

さて、どの程度復興しているのかな?

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