第838話 村長との夜

夕方。例の職人クライフトさんの所に来てみた。


「調子はどうですか?」


「んあ? どーよこれ見てみな。」


「おおお! すごい! マジですか!」


あのオリハルコンがネックレスの鎖へと変貌していた。長さはまだ五センチもないが、これならアレクの首一周分を作ることも可能だろう。どうやったらオリハルコンをこんなに小さく精密に加工できるんだよ! 天才か!


「へへへ、どうよ? ダークエルフの技術はエルフ達の間でも有名だからよぉ。この調子で進めるぜ?」


「頼みます。魔力は足りてますか?」


「ああ、足りてる。明日の昼ぐらいにまた来てくれや。補充にな。」


「はい。よろしくお願いします!」


素晴らしいネックレスが出来そうだ。これは王妃ですら持ってないだろう。これこそアレクに相応しい。早くアレクの胸元を飾っているところが見たいぞ!




村長の家に戻ったがアーさんはいない。どこかで種を蒔いているのだろう。楽しいのか大変なのか分からないな。少なくとも私からすると羨ましくない。


「客人、暇ならこの婆と世間話でもせぬか? ワシらは人間のことをよく知らぬからの。」


「ぜひとも。僕もエルフやダークエルフのことはよく知りませんので。」


村長は盆に乗せた酒を携えて私のいる客間に入ってきた。これが若い黒ギャルなら夜這いかと警戒するところだが、婆ちゃんだからな。前世での母方の祖母は魚売りだったが、父方の祖母は農家だった。いつも田畑にいるためか、私は『田んぼばーちゃん』と呼んでいた。この村長は腰の曲がり具合といい、顔の皺といい、田んぼばーちゃんを思い出してしまうのだ。両親より先に死んでしまった私だが、両方の祖母よりは長生きができた。

そこでふと気になったのは今生の父であるアランの両親だ。全く話を聞いたことがない。実家はどこだとか、どんな子供だったとか。元平民ってことしか知らない。私も酒を飲むようになったことだし、そのうち酒の席で話してくれるだろう。


「では改めて自己紹介といこうかね。ワシがこのソンブレア村のおさ、インゲボルグナジャヨランダじゃ。」


「ローランド王国、フランティア領クタナツ出身。カース・ド・マーティンです。」


「不思議なこともあるものよ。こうして対面してもほとんど魔力を感じぬ。しかし内包する魔力はどのエルフよりも多いようじゃ。ワシが出会った全てのエルフと比べてもの。」


「恐縮です。それより村長は何歳なんですか? 僕は十四歳です。」


「ふむ、おなごに歳を聞くとは無礼な小僧じゃわい。ワシは四百六十じゃがの。」


フェアウェル村の村長より若いのか。それも二百歳近く。そういえばあの人はハイエルフだったか。


「この村にはハイエルフっているんですか?」


「おらぬよ。あのようなイカれた試練など挑戦する者の気が知れぬわ。それでも若者は何人も挑戦し、誰も帰って来ぬわい。」


「そんなにヤバいんですね。実はフェアウェル村のイグドラシルに僕の先生が登っているんですよ。もちろん人間です。」


「それは呆れた話じゃの。あれは上に登れば登るほどキツくなる、地獄の試練よ。この村で登頂に成功した者など誰一人おらぬ。」


それを知ってるってことはこの婆ちゃんも結構いいとこまで登ったんだな。


「僕も実は半年後に登るつもりなんです。どこまで行けるかは分かりませんが。何か助言とかいただけませんか?」


「ふうむ。その歳であれに挑戦するか……助言というほどのことはないが、強いて言うなら飽きずにやることじゃな。あれを登ることは一種の無限地獄とも言われておる。何も変わらぬ景色を見ながらひたすら登る以外に何もすることがないのでな。」


あー、登るだけか。そりゃ退屈そうだ。もっとも退屈と思えるまで私の体力か持つとも思えないが。


「敵とか邪魔とかはないんですか?」


「何もないな。何もないことが敵かも知れぬがな。」


そう言って婆ちゃんは酒を一口飲んだ。私も飲んだ。少し強いな。


「これは何てお酒ですか?」


「これはの、『アルケピリッツ』と言う。ワシの魔力がしっかりと込められておるぞ?」


妙な味わいだな。これは泥? 芋? 何やら変わった風味があるようだが。


「何かツマミが欲しい味ですね。このままだとキツいですよ。」


「ぬっ、いっぱしの酒飲みのような口をきくではないか。待っておれ。いい物があるでな。」


婆ちゃんは立ち上がり、部屋から出ていった。年寄りを使ってしまうのは気が引ける。私も行こう。




「そっちで続きしましょうよ。」


台所らしき所へ、婆ちゃんに続いて入ってみた。


「ばかもの。男が台所へ入るでないわ。大人しく待っておれ。」


それもそうだ。ここは女性の聖域か。




結局、特筆するべきことは特になく、私と婆ちゃんの夜は更けていった。多少酔いが回った私は婆ちゃんの肩や腰を揉んだりしているうちに、面と向かって『婆ちゃん』『カース』と呼ぶ関係になってしまった。


前世の婆ちゃんに似てるってこともあるが、ゼマティスのお祖母ちゃんより更に婆ちゃんらしいんだもの。

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