第808話 激しい雨が

降り注ぐ瓦礫。崩れ落ちるパーティー会場。最後まで伯爵はその場を動くこともなく、魔法で防御することもなかった。見事だ……


伯爵は何の意味もないことに命を賭けて……

そしてその賭けに、勝った。


「こ、これは……私は……?」


「伯爵、アンタの勝ちだ。最後までこの屋敷と命運を共にしようとしたな。後ほど騎士団詰所で取り調べは受けるだろうが、おそらく何も知らないアンタを殺すわけにはいかない。せっかく助かったんだ。ダミアンの身を守るために協力して欲しい。そうすれば屋敷の再建費用ぐらい辺境伯が出してくれるさ。」


「ダミアン様? 一体何事だと言うんだ?」


伯爵の頭上に留まっている瓦礫を押し退ける。風壁で防御してやったんだよな。そして伯爵を伴い外に出る。


お、騎士団が来ているな。後は任せていいだろう。さすがに十八人も取り調べなんてやってられない。


「お務めご苦労様です。ダマネフ伯爵も取り調べに協力してくださるそうです。よろしく頼みます。」


「はっ! 後はお任せ下さい!」


話が早い! アレクがうまく説明してくれたんだな。さすがだ。





帰ろうとすると雨がパラついてきた。かと思えばいきなりの大降り。せっかくのんびり歩いて帰ろうと思ったのに。上に風壁を張って雨を防ぐ。それから隠形を使って飛んで帰るとしよう。


「さっきカースの首に斧が振り下ろされた時、一瞬だけど心配しちゃった……カースが死んだらどうしようって……」


アレクとしては私を心配してしまったことを私を信頼しきれなかったと考えてしまったのかな。そんなことないさ。


「心配ありがとう。斧を逸らしてもよかったんだけどね、あの方が反撃しやすかったものだからさ。」


余興と偽り、招待客の面前で無抵抗な貴族の首に斧を振り下ろしたのだ。殺されても文句は言えまい。もしあの斧が業物で達人が振るっていたなら自動防御を破られていたかも知れないが。


雷まで響いてきたな。嵐が来たか……うるさいぐらい鳴っている。



ーーーーーーぴぃぃぃんーーーーーー…………



なっ!? まさか今の音……

これだけ雷が轟いているのにはっきりと聞こえた……嘘だろ……


「アレク、今の音色……」


「やはり『呪いの魔笛』なのね?」


計画的なものなのか、それとも今夜の混乱を勝機と見たか。領都ごと壊滅させてでもダミアンを狙うというのか……それはもう闇ギルドや殺し屋の発想ではない。狂信者の思考だ。くそが……


「アレク。マーリンやリリス、カムイを連れてダミアンのとこに行って。そして協力してダミアンを守ってやって。僕は南から来るであろう魔物を抑える。」


「分かったわ。終わったら辺境伯邸に来て。絶対よ?」


「うん、行ってくる。」


アレクの唇に軽く口付け。そして私とコーちゃんは飛んで城壁を越え、領都の南側で魔物を待ち受ける。

おそらく第一波は北側から来るはずだが、それは騎士団に任せておけばいい。カスカジーニ山からの魔物がほとんどだろうから、数も強さもそこまででもないはずだ。

しかし南側は危険だ。何と言ってもムリーマ山脈がある。下手をすればドラゴンが来てしまう。東西の守りも必要なのだから騎士団や魔法部隊だけで守りきれるはずがない。

しかしこの騒ぎに乗じて殺し屋はダミアンを狙うはずだ。可能な限り早く片付けて行ってやらねば……アレクとカムイがいれば大丈夫だとは思うが……


それにしても雷雨が酷い。他の城壁がどうなってるかなんて全く分からない。私が南を担当することはアレクから騎士団に伝わるだろうが……




来ない……と思っていたらもう来ていた。暗すぎるわ雷雨はうるさいわで全然気付かなかった。まずはゴブリンの大群か。『氷散弾』

ついでに『光源』

ちっ、いくら明るくしても激しい雷雨のせいで視界が悪い。ついでに足元も悪い。浮いておこう。それにしてもいつかのヴェスチュア海に比べたら防衛線が長くないのは助かる。代わりにまとめて凍らせる作戦が使えないのが残念だ。そうなると次善の策は……


『風斬』


ド派手に血をブチ撒けて死ねや!

すると、魔物達は血に酔ったかのように目の前の肉を食い始める。やはりこの作戦は効くようだ。


ゴブリン、コボルト、見知らぬアンデッド、コヨーテ、オーク、毒蛇の類。コーちゃんには悪いが手加減する余裕はない。全て仕留めなければならない。と、思ったらコーちゃんも魔物に混ざって食べている。もう、私の苦労も知らないで。


それからも続々と魔物は現れた……


オーガ、トロル、ハーピー、ケルピー。少しずつ大きな魔物が現れ、数も増している。他の城壁は大丈夫なのだろうか。キアラや母上がいればなぁ……




くっ、ついに来たか……魔力探査、私のレーダーにしっかりと反応している……あれはワイバーンの群れか……くそ、手が足りない!


奴らは三十匹ぐらいの群れで上空から直接領都に襲いかかろうとしている。魔力探査を実施していなければ豪雨に紛れて見逃していただろう。地上は放置するしかない……こいつらから仕留める!


白弾びゃくだん


時間がないから手加減抜きだ。目を狙ってスマートに脳を破壊する。何匹か領都内に墜落してしまったが知らん。そこまで面倒見きれるかよ。ちっ、やはりミスリルボードがないと空中戦が落ち着かないな……

残り十数匹か……まとめてやってやる『魔連弾』

ミスリル弾の大盤振る舞いだ。




ふぅ……これでワイバーンは全滅したよな? 慌てて地上に戻る。そこではブルーブラッドオーガの大群が狂ったように城壁を攻撃していた。怪力に物を言わせ手製の斧やハンマーをひたすら打ち付けていた。特に城門が危ない。ボスらしき奴は素手にもかかわらず城門を崩壊寸前まで追い込んでいる。騎士や魔法使いも城壁上から攻撃を加えているが、まるで効いてるように見えない。


『白弾』


最後の一発だ。回収する余裕がなかったからな。ボスは殺った。しかしオーガの大群は健在だ。


『津波』


全部押し流してやる。南にもいくつか村があったはずだ。逃げ遅れた人や家屋、田畑もたくさんあるだろう。しかし今の私には手段を選ぶ余裕がない。少しでも早くこいつらを仕留めておかないと大変なことになるからだ……


いくらオーガが強靭な肉体を持っていようと、押し寄せる津波の前には無力だ。波に飲まれ視界の果てに消えていった。そのまま溺死しておいてくれるといいのだが……




それからも断続的に強力な魔物は現れた。

グリフォン、ピポグリフ、ガルーダ、トビクラー。ミスリル弾も使い果たしていたので、苦労させられてしまった。その上視界の悪さも相まって疲労が徐々に蓄積していく。


「小僧! もっと効率よくやらんか!」


横から現れたのは騎士団魔法部隊のジジイ、顧問モーガンだった。


「モーガン様、お久しぶりです。」


「うむ。見ておったぞ。ワシではワイバーンの相手などできぬからな。」


「他の城壁はどうですか!?」


「東西はひと段落しておる。それ故にワシがここに来れたのだ。北は知らぬ。」


これで余裕ができるか……


「ここを五分ほどお願いできますか?」


「承った。任せておけ。」


本当はこの間に辺境伯邸に行きたいのだが、まだだめだ。だから準備だけでも整えておく。


城壁の上に降り立ち、魔力庫から黒いコートを取り出す。上腕、脛に衝撃吸収のサポーターを着用する。額にエルダーエボニーエントの鉢金を巻き、ボルサリーノ風中折れ帽子をかぶる。サウザンドミヅチの手袋を装着しポーションを飲む。右手にスパラッシュさんの短剣、左手にミスリルナイフを装備する。これが現在の私にできる最高装備だ。


できれば来て欲しくないが……




やはり、来たか……




ドラゴン……

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