第804話 悪役令嬢サンドラの憂鬱

パーティーの最中、国王の三男であるハインツ王子に公衆の面前で婚約破棄を言い渡され、泣き崩れる公爵令嬢サンドラ。幼い頃からの婚約者であった王子にこのような仕打ちを受けるなんて。ふと見ると王子の側には成り上がりの下級貴族フランソワの姿が。全てを悟ったサンドラだが、時既に遅し。王子の権力によって修道院への出家を命じられてしまった。フランソワを虐めた罪を修道院で反省し償えと。あの、悪名高き『バスティーユ修道院』に入れられてしまったら、二度と娑婆に出ることは叶わない。絶望するサンドラの前に現れたのはサンドラの公爵家に奉公する庭師の一人息子『オリー』だった。


「おいたわしやお嬢様……此の期に及んでは是非もなし。僕と共に参りましょう。」


「オリー? あなた何を言って……」


「この下民ふぜいが! 誰の許しを得てここにいる! サンドラを救うだと!? ふざけるな! このような悪女は閉じ込めておく他ない! 処刑せぬだけ幸運に思え!」


身分が天と地、いやそれ以上に違う二人。しかしオリーには全く怯む様子がない。平民が王族を直視すれば目が潰れると言われるあの世界で。


「ハインツ! 余の顔に見覚えはないか?」


王子の名を呼び捨てにする平民。パーティー会場に戦慄が走る。


「貴様! 誰の名を呼び捨てにしておるか! ええい出合え出合え! この不届き者を斬り捨てい!」


「オリー! 逃げて!」


しかしオリーは懐から短剣を取り出し華麗な剣技で三人の騎士を制圧した。


「ハインツ! この剣を見てもまだ分からぬか!」


「なっ! 今の技、その短剣……そしてその顔、どこかで見たような……まさか! ダイヤモンドクリーク皇帝の縁者か!?」


「いかにも。余の名はオリベイラ・フォン・ダイヤモンドクリーク。隣国ダイヤモンドクリーク帝国皇帝の長男である。」


「え!? オリー……? 一体どういう……」


「お嬢様。ここは僕にお任せを。」


オリーはサンドラを優しく抱き起こす。


「ふざけるな! 貴様どこでその短剣を手に入れた! 貴様ごとき下民が手にしてよいものではない! 顔が似てるのだって偶然だ! 隣国皇帝の縁者を騙ったのだ! もはや許せぬ! 囲めぇー! やれぇー!」


しかし誰も動かない。それは当然だ。先ほどの三名の騎士、いずれも名の通った歴戦の強者。それがたった一人に一瞬にして斬り伏せられたのだから。


「ハインツよ。お前も王子なら自分の腕で確かめてみよ。余が本物のダイヤモンドクリーク王家の人間かどうかをな。」


しかしハインツは剣を抜かない、抜けない。歯を噛み締め、眉は釣り上がり……オリーを睨むのみだ。

結局誰も手出しを出来ずオリーとサンドラは会場を後にした。


これでハッピーエンドかと思いきや、続きは明日ときたもんだ。まあ面白かったからいいんだけどさ……もう少し山場が欲しかったな。王子やフランソワの断罪シーンとかさ。明日に期待だな。「ピュイピュイ」

コーちゃんもそう思う?




「サンドラちゃんが無事でよかったね。」


「ええ、そうね。でも皇帝の長男が庭師ってどんな設定なのかしら? 明日も来る?」


「うん、せっかくだから見ようよ。リリス、席を頼む。」


「かしこまりました。」


いやー休日らしい過ごし方をしているものだ。昨日までのバカらしい作業が嘘のようだ。まだ夕食には早いかな。今晩はマーリンがいないんだったな。たまには外で食べるのもいいか……そうだ! 久々にノーブルーパスに行こう! ならば一度自宅に帰るとしよう。リリスを帰しておかねば。




当然かも知れないが氷壁に穴など空いていなかった。


「じゃあリリス、適当に休めばいいから。カムイも頼むな。」


「かしこまりました。」

「ガウガウ」


カムイに演劇は退屈だったそうだ。これなら家で寝てればよかったと。これも経験だな。私はアレクとコーちゃんを連れて散歩、そしてディナーだ。


「あっ! すっかり忘れてたわ。今夜ダンスパーティーがあるわよ。カースに聞いてから返事をするつもりだったんだけど。」


「ピュイピュイ」


私より先にコーちゃんが行きたいと言っている。


「行ってみようか。コーちゃんも行きたがってるし。なら一回帰って着替える?」


「いえ、このままでいいわ。少し地味だけど構わないわ。」


今日のアレクは薄い水色のドレスだ。劇場に行くのだから派手すぎないようにコーディネートしたのだろう。


「ちなみに今日はどこのパーティー?」


「昔一緒に行ったことがあったかしら? ダマネフ伯爵家よ。ほら、カースがアプルの実を空中で剥いて見せたわ。」


「思い出した。アレクの同級生がいるんだよね。仕立て券とか宿泊券を貰った覚えがあるよ。」


確かウィリアム・テルオごっこもした気がする。ならば本日も何か余興があるのだろうか。


「ええ、それよ。また何か余興があるって聞いてるし、面白いものだといいわね。」


こうして私達は歩きで伯爵家のダンスパーティーに向かった。貴族のパーティーに出席するのは久しぶりか。この前のは王族のパーティーだったもんな。本来なら馬車で向かうところだが、まあ歩きでもいいだろう。少し楽しみになってきたぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る