第775話 王子と海

ゼマティス家に帰ろうとしたら王城の廊下で見知った顔が。


「カース。およそ二週間ぶりか。元気そうだな。」


フランツウッド王子だ……


「お久しぶりでございます。」

「王子におかれましては壮健なご様子。祝着至極に存じます。」

「ガウガウ」


「うむ。今からゼマティス家に向かう予定なのだが、帰るのであれば同道せぬか?」


ちっ、キアラを迎えに行くのか、この野郎……


「ええ、ぜひご一緒しましょう。」




他愛ない話をしながら向かった場所は厩舎。やはり馬車で行くのか。そういえば気になったことが……


「王族にも夏休みってあるんですか?」


「ないな。しかし私にとってキアラと過ごす時間はこの上なく貴重なものだ。そのためなら睡眠時間などいくら削ろうが何でもない。」


「え!? じゃあまさか全ての用事を深夜とかにされてるんですか!?」


「用事というほどのことはない。普段の予定を夜に回しているだけのこと。教師達には迷惑をかけるがな。」


マジかこいつ……

確か王族は全ての学校のカリキュラムを習得するんだったか。そもそも休日って感覚すらないんじゃないか?


「大丈夫なんですか? 海で倒れたりしませんよね?」


「ふっ、私ごとき二男が倒れたところで何ほどのことがあろうか。兄上さえいれば王国の将来は安泰だ。それにカースよ、そなただってアレクサンドリーネ嬢のためなら睡眠時間などいくらでも削るであろう?」


くっ、そりゃそうだ。じゃあ何か? こいつのキアラへの想いはそれほどだと言うのか?


「まあ……そうですけど……」


「ふふっ、そなたは意外と妹想いなのか? 私のような二男であっても王族は王族。娘を嫁がせたいと願う貴族は枚挙に暇がないぞ?」


「いやぁ……まあ……キアラがいいならいいんですけどね……でも嫁がせるってそんな……」


どこからそんな話になったんだよ! そりゃあ結婚とかの話になったら私が口出しをすることじゃないけどさ!


「この際だから白状しておこう。実は陛下からの勅命があったのだ。何としてでもキアラを手に入れろと。歳の差もあるため当初は乗り気ではなかったのだがな……それでも陛下の勅命は絶対だ。まずは話すところから開始してみたのだ。」


「はぁ!? 陛下が!?」


「そうだ。しかしそうやって話すうちに惹かれてしまってな。あの子の素直さ、天真爛漫さ。権謀渦巻く王宮ではあり得ないことだ。キアラはカース達家族の話をする時、本当に嬉しそうに笑うのだ。」


ふふふ、そうだろうそうだろう。キアラはとってもいい子なんだ。


「いや、まあ、結婚とか陛下の思惑は知りませんけど……キアラが楽しそうにしてるんなら別にいいんですけど……」


「おっと、そろそろ到着か。カースも海へ行くのだろう?」


「ええ、行きますよ……」


さすがに王族の馬車は違うな。ほとんど揺れを感じなかったぞ。そしてもうゼマティス家まで着いたのか。


たぶんここの門番さんも慣れてるんだろうな。さらっと門を開けて馬車を迎え入れてる。まあ誰も王族の馬車に『待て』なんて言えないよな。


玄関前には一家総出でお出迎え。心なしか列に並ぶキアラの表情が恋する乙女に見えてきたぞ……


「フランツウッド王子、度々のご行幸を拝し奉り恐悦至極に存じます。」


「ゼマティス夫人。好きで来ていることだ。このような挨拶は無用だと言うのに。」


だからって王族が来てるのに「よー来たのぉワレ」とはいかないだろうさ。


「さあキアラ、乗ってくれ。行くぞ?」


「うん! みんなも行こー!」


私とアレクとキアラは馬車に乗り込んだ。オディ兄とマリーも重い足取りで乗り込んだように見える。広い馬車だよなぁ。


「オディロン兄上、いつも堅苦しくて申し訳ない。マリー殿も乗ってくれてありがとう。」


こいつ、オディ兄をもう兄上って呼んでやがるのか! 言え! 言ってやれ! 君に兄と呼ばれる筋合いはないって!


「いえ、キアラも喜んでおりますので私は何の異存もございません。」


言わんのかーい!


「王子からいただきましたお履物は夫婦共々重宝してございます。」


まさかマリーも、いやマリーごと懐柔されたのか? どんな履物だ?


「それはよかった。海中では魔法が使いにくいからな。それがあれば速く泳げるというものだ。カースには必要なさそうだが、アレクサンドリーネ嬢に一つどうだ?」


そういって王子が見せてきたのは『足ヒレ』だった。魔法の靴とかじゃないんかい! 海中でキアラのようにジェット水流の魔法が使えない者が履くためか。漁師でも持ってないってのに。


「ありがたく頂戴いたします。」


あ、マリーにアレク用のビキニを頼むのを忘れてた。またメガシルクスパイダーを狙わないとな。




「さて、到着だ。では昼までひと泳ぎするか。着替える者はあの建物を使うといい。」


王子が指差す先には洒落た別荘風の豪邸が建っている。まさかここはプライベートビーチか? 海水浴を嗜むやつなんて普通いないからな、海辺の土地は使い放題だったりするのか?


「わーい!」


キアラは海へ一直線だ。しかしいつもと違って沖へは行かない。波打ち際を走り回っている。そこへ一瞬で着替えを終えた王子も合流し、二人で追いかけっこを楽しんでいる。王子も魔力庫の設定を変えてるんだな。


それにしても……キアラ、マリー、アレクが旧式スクール水着を着るのはいい。とてもいい。しかしオディ兄のみならず王子まで同じスク水を着なくたって……

そりゃあさ、あれに違和感を覚えるのは私だけだろうけどさ。もしあれが流行したらどうなってしまうんだ!?


オディ兄とマリーはいつも通り、早々と消えてしまった。


私とアレクは素潜りだ。ここは砂浜だから目ぼしい獲物がいるかは分からないが。アレクに『水中視』『水中気』『伝言』を教えながらダイビングを楽しもう。


「ねえカース。『水中気』って便利だけど割が悪過ぎるわね……」


「あー、魔力消費が激しいもんね。それもまた修行だよね。」


それでも『水中気』『水中視』のどちらとも使えるようになったアレクは偉い! 『伝言つてごと」はまだ無理みたいだが。


『坊ちゃん、そろそろお昼ですよ。』


うお、もう昼か。マリーから『伝言』が届いたぞ。ところで昼は誰が用意するんだ?




マリーだった。すでに用意は終わっていたようで、大鍋にシチューが煮込まれていた。海でシチュー、面白い組み合わせだ。




旨い……さすがマリー。いつの間にこれほど煮込んだんだ? 出汁が効いてるぞ。


「さすがはマリー殿。素晴らしい味わいだ。オディロン兄上は幸せ者だな。」


「恐悦至極に存じます。王子のお口に合ったようで何よりです。」

「マリーの料理は最高なんですよ!」


このバカップル、いやバカ夫婦め! アレクの料理だって旨いんだからな!


「カー兄ー! 昼からあれやってー!」


「ん? あれって何のことだい?」


「高い所から滑るやつー!」


ああ、ウォータースライダーか! キアラめ。自分でもできるくせに私に頼むとは。ふふふ、やってやるさ!


「いいとも。大きいのを作ってやるからな!」


ちなみに私達がワイワイと食事をしている周りには数名の近衛騎士さんが待機している。王子の後ろにはメイドっぽいおばさんまでいる。つまりマリーの料理はすでに毒見済みなのだろう。王族って大変だな。キアラはマジで結婚するのか? まだ小さいのに……

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