第761話 キノコの森へようこそ

姿を現したのはキノコの化け物『カエンアノヨタケ』と魔境の掃除屋『メルトアシッドスライム』か……

正確にはカエンアノヨタケがスライムから逃げているようだ。このパターンも最近多いな。


「アレク、やってみる?」


「ええ、強敵ね。挑戦してみるわ。」


『業火』


狭い範囲を焼き尽くす火の上級魔法だ。ほぼ溜め無しで撃てるようなったアレクは偉い。が、甘かったようだ。カエンアノヨタケは名前のとおり『火炎』のような外見をしている。そのためか火の魔法がほとんど効いていない。また、メルトアシッドスライムに至っては効いてないどころか魔法が吸収されたように見えた。何なんだこいつらは!?


『轟雷』


火が効かないなら電撃。轟く雷鳴の狭いバージョンか。アレクの判断は正しいと思う。それでも無駄だったようだ。二匹ともアレクなど無視してお互い争っている。いや、もうカエンアノヨタケの身体の半分はスライムに取り込まれている。


魔法が効かないヒュドラも厄介だったが、魔法を吸収するスライムも厄介だな。アレクが色々魔法を当てているが全然効いてない。心なしかスライムが大きくなってないか?


現時点でアレクが使った魔法は『火』『雷』『水』『風』『氷』の系統。一通り魔法が効かなかったため、しまいには森ごと破壊するつもりで『降り注ぐ氷塊』を使ったのだが、やはり効かなかった。いや、正確には穴が開いたり千切れたりしたのだが、すぐさま元通りになってしまったのだ。


「アレク、今の惜しかったよ。氷の塊をもっと大きくして丸ごと潰すようにするといいかも。」


「はあっ、はぁっ、そうね……魔石ごと潰さないといけないみたいね……」


アレクは立て続けに上級魔法を使ったものだからかなり息が上がっている。その間にすっかり化け物キノコの消化を終えたスライムはアレクに狙いを定めたようだ。ズルズルとに近寄っている。人間が歩くより速く、早歩きするより遅い程度のスピードかな。


私やアレクにとってここの足場は良くない。アレクを追うスライム。黙って見ている私。いつでも助けるつもりはあるが、ギリギリまでは待つ。


『氷壁』


自分とスライムの間に氷で壁を作り時間を稼ぐ作戦か。しかし十秒と持たずにスライムに吸収されてしまった。


再びアレクに向かって湿地を這いずるスライム。グチュグチュと気持ち悪い音をさせながら。

アレクは動きを止め、スライムを見据えている。双方の距離が縮まり、その差はおよそ十二メイル。


待ち構えるアレク、本能のままに近寄るスライム。突如、スライムが落下した。アレクのお得意、落とし穴の魔法か。しかしそんなものスライムには何のダメージにもなるまい。


しかし、間髪入れず上空から一辺が二メイルはありそうな氷の立方体が落ちてきた。狙い通りだろう、落とし穴にぴったり直撃し周囲に土や泥水をかなり派手に撒き散らした。


まるで隕石が落下したかのようなクレーターだ。当然アレクは巻き込まれている。早急に風呂に入らねばなるまい。


泥の中から弾けるように出てきたのはもちろんアレク。泥まみれになっちゃってまぁ。洗ってあげねば!


『水球』


まずは大まかに汚れを落として……


『洗浄』


髪、顔、服と個別にきれいにする。


『乾燥』


ゆっくりと乾かしておしまいだ。オディ兄の魔法のように服にシワすらつかない乾燥はできない。まあ勘弁してもらおう。


「お見事だったね! いい攻撃だったと思うよ!」


「ありがとう。恐ろしいスライムだったわ。カースがいなかったら一目散に逃げてたわ。」


「それも正解だよね。明らかに割に合わない相手だもんね。」


基本的にスライムは魔石しか獲れる物がない。しかし、魔石以外に弱点もない。しかも手強いため、誰からも嫌われる魔物なのだ。今回アレクは魔石ごと全身をぶっ潰す戦法を選んだ。大質量を上空から勢いをつけてぶつける作戦だ。普通は簡単に避けられてしまうため落とし穴と併用してきっちりぶち当てたってわけだ。さすがはアレク。見事な戦略だ。

ちなみにクレーターの深さは十メイル、半径は三十メイルはある。アレクはよく無事だったものだ。私とコーちゃんとカムイも近くには居たのだが、例によって自動防御があるため汚れてすらいない。




「じゃあキノコはたくさん採れたから次は野菜を狙ってみようか。野草とかあるといいよね。」


「そうね。この森って植物だらけだものね。きっと見つかるわよね。」


これがグリードグラス草原ならばいくつか食べられる野草に心当たりがあるのだが、この森ではそんなものはない。適当にうろつくのみだ。私達は鉄ボードに乗り、北に向かってみた。




先ほどのキノコ採集地が視界の端から消えた頃、森をかき分け地上に降りてみた。


すると、そこは大河が流れていた。おかしいだろ!

なんで上空から見えないぐらい木々が生い茂ってるんだ? 川幅が一キロルはあるってのに。まあいいや。でも川魚を狙うのもなぁ……次のポイントに移動しようかな。


「ピュイピュイ」


あら、コーちゃん泳ぎたいの? もぉー仕方ないなぁ。少しだけだよ。


「コーちゃんが泳ぎたいって言うから僕らも泳がない? きっと危険な魔物がいるから注意しながらね。」


「いいわよ。でも私、疲れてるから岸で水遊びだけしてるわ。」


「それもいいね。でも水着には着替えてよね。」


「もう、カースったら。分かってるわ。」


へへ、やったぜ。


「ガウガウ」


おっ、カムイがアレクを守ってくれるって? ありがとよ。今夜もしっかり洗ってやるからな。



意外なことに水はかなりきれいだった。どうせ泥水で濁ったような水だろうと思っていたのに。これは嬉しい誤算だ。

水流は穏やかだし、これはバカンスにぴったりの場所だな。ただ、日が差さないのが弱点か。昼なのに薄暗い。まあこの森はどこでもそうだけど。


少し潜ってみたのだが、やはり透明だ。かなり先まで見える。しかし魚はいない。水清ければ魚棲まずってか?


自由にあちこち泳ぎ回るコーちゃんを見ながら私も泳いでいると、範囲警戒に反応あり。アレクの方に近付く魔物が数匹。私が心配することもないだろうけど、一応知らせに戻ろう。



「アレクー、魔物が寄って来てるよ。あっちとあっちからね。」


「分かったわ。ありがとう。」


一応正体だけは確かめてから泳ぎに行こうかな。


「カース? あっちよね?」


「うん、あっち。」


おかしいな? 反応はあるのに見えない。川から近寄ってるってことは水中か?

頭を川に浸けても見えない。おかしいぞ?

範囲警戒では南北に流れる川に対して北東と南東の方角からこちらに近寄って来ている。なのに水中にも陸上にも姿が見えない。


「アレク、僕の後ろにいてね。得体が知れないよ。」


「ええ、不気味ね。魔力は微かだけど感じるのに。」


カムイは分かる?


「ガウガウ」


さすがカムイ。分かるのか。それなら倒してくれと言いたいところだが、それは悔しいので言わない。見えない時は心眼だ。心の目で見るんだ……無理か。


うわ、ついに自動防御まで反応してしまった。攻撃されたのかよ。マジでどうなってんだ!? 声もしないし姿も見えない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る