第760話 ハンティングに行こう

翌朝、私が起きたのはやはり昼前だった。今日から何の用もない。私とアレクの本当の夏休みが始まったのだ。

思えば王都になんか行ったばっかりに大事件に巻き込まれてしまったんだよな。でも私や母上達がいなかったら王都はもっと無残なことになっていただろうな。今日は八月十五日。もう十日はここでゆっくりできる。以前フランティア領都で『時の魔道具』を買って置いてるからな、もう日付を間違えることはない。


よし、アレクが起きる前に何か料理を作っておこう。何にしようか……そうだ!

ヒュドラのテールスープを作ろう! あれだけの巨体だからな、尻尾もぶっといんだよな。

香味野菜がないのが問題だが、まあいいや。




できた。臭み消しには香辛料をふんだんに使ってみた。煮込み具合が足りない気もするが、それは今夜のお楽しみだ。とりあえず昼食はこれで良いとしよう。


「ガウガウ」


おお、カムイ。アレクを起こしてきてくれるのか。ありがとよ。

よし、ならばスープをよそっておこう。それからクタナツギルドの弁当だ。昼からどうにか野菜を手に入れたいところだな。エルフの村で貰ってくればよかった。




「おはよう。いい匂いがするわね。」


「おはよ。スープを作ってみたよ。味の保証はしないけどね。」


さあ、四人揃って昼食だ。いただきます。スープの味はどうかな。


うーん、旨いことは旨いんだが……

微妙に変な味がするぞ……何か間違えたかな?


「カース、これ……アクを取ってないでしょ?」


「あ、言われてみれば……煮込むことしか考えてなかったよ。」


「カースはだめねぇ。料理は私に任せてくれればいいのよ。少し待っててね。」


やはり料理は私に向いてないのか? まあアレクの料理が絶品なのは疑う余地なんかないもんな。任せよう。




二十分後、アレクが戻ってきた。


「お待たせ。もしかしてヒュドラの尻尾? すごい食材を使ってるのね。アクを取ってもう少し煮込んでみたわ。飲んでみて。」


「そうなんだよ。ヒュドラのテールスープを作ってみたんだよ。おおっ、これは美味しいね。」


くっ、さすがはアレク。スープに雑味がない。そしてわずかな臭みもない。


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


くっ、コーちゃんもカムイもアレクのスープの方が旨いと言っている。当たり前だよな。


「昼から野菜など肉や魚以外の食材を採りに行きたいんだよね。そしたらアレクの料理がもっと食べられるね!」


「いいわね。私もカースのために料理がしたかったの。楽しみだわ。」


とは言っても当てなんかないけどね。ノワールフォレストの森をひたすら動くのみだ。そしてアレクの眼力に期待だな。私が見てもあまり分からないんだから。




さて、私達はノワールフォレストの森、中心部にやってきた。いや、正確には中心かどうかなんて分からないんだが。広過ぎるんだよ。適当に北に向かって飛んで見渡す限り森だらけになった辺りで下に降りた。ここはぬかるんでるし、ジメジメしてる。靴が汚れるじゃないか。まあ『防汚』が付いてるから関係ないけど。


「こんな所じゃあ野菜なんてないよね?」


「ええ、ないと思うわ。でもキノコならあるかも知れないわ。」


キノコかぁ。マツタケなんかあると嬉しいな。でもアカマツの木なんてあるのか?

カムイの鼻でキノコを探せない?


「ガウガウ」


ほお、近付いたら分かるって? それは頼りになるな。


「カースには関係ないと思うけど危険なキノコも多いから気をつけないといけないわ。」


「あ、そうだね。昔クタナツを襲ったのもパラティシウムダケだったよね。まあほとんどヤコビニ派のせいだったけど。」


「私達が知らないキノコもありそうだし、注意しておくべきね。」


キノコの魔物とかもいそうだし、気を付けておこう。食べられるかどうかの選別はアレクに任せておけばいい。


とりあえず目に付いたキノコは片っ端から集めてみる。風操の魔法は私にとって手足のようなもの。手を汚すことなくキノコ狩りができる。


「どうアレク? どれか食べられるかな?」


「これは食べられるわ、アジシメジね。それからこっちはカグラダケ、美味しいらしいわ。他はダメね。カースなら食べてもいいとは思うけど。」


「はは、敢えて毒キノコは食べたくないよ。」


「これなんか危ないわよ。パープルヴェノムダケ。多分私でもこれを食べたら死ぬわ。注意しなくちゃね。」


うわぁ、ド紫の毒々しいキノコだ。いかにもって感じだな。

でも捨てずに収納しておこう。使い道があるかも知れないし。




そうしてキノコを採集すること二十分。


「ギャワワッ!」


コーちゃんの警告だ。私の範囲警戒には何の反応もない。しかし次の瞬間、私の頭の中のレーダーが真っ赤に塗り潰された。魔物だらけだ。同時に地面から次々と巨大なキノコが生えてきた。極彩色でいかにも毒持ち。形だけを見れば足と口を持つエリンギだ。それらが一斉に口から何かを吐いてきた。どうせ胞子だろ。


「アレク!」


素早く私の背後にまわるアレク。


炎壁ほのかべ


文字通りファイヤーウォールだ。自動防御があるため使う必要などなかったのだが、ついでに攻撃もしておこうと考えただけだ。


キノコって意外と水分が多いはずだが、よく燃えている。ついでだからこの辺り一帯を燃やしておく。これだけの魔法を使えば、きっと大物が寄ってくるはずだ。


「ピュイピュイ」


コーちゃん食べたいの? 見るからに毒がありそうなのに、香ばしい匂いが漂っている。こんがり焼いたもんなぁ。いいよ、食べて。お腹を壊さないようにね。


「ピュピューイ!」


この周囲は焼け焦げたキノコだらけだもんな。とても私は食べる気なんかしない。カムイは食べないのか?


「ガウガウ」


食べるわけないって? 当たり前か。コーちゃんが特別なんだよな。でも匂いはいい。お腹が空く匂いだな。


「よしアレク、焼けてしまったけど食べられるやつだけ集めよう。」


「ええ。それがいいわね。」


さすがに今度は手で採集している。あちこち焦がしてしまったから近くで見ないとキノコかどうかすら判別ができないんだよな。


そうこうしていると、範囲警戒に反応あり。魔力が高い、大物だ。さあ、どんな獲物がやって来るのだろうか?

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