第759話 宴もたけなわ

ヒュドラだと見抜いたアレクはさすがだな。


「正解。よく分かったね。手強かったよ。」


「ばっ、まっ、魔王! ヒュドラだぁ!?」

「海で出会ったらほぼ全滅くらうって……」

「胴体は海に隠れて見えねーし、首はいくら切っても再生するって……」

「その上魔法が全然効かねーんだよな?」


やっぱみんな詳しいんだな。


「その通り。九つの首を持つドラゴンだったわ。二つ三つ首を落としてもすーぐ再生しやがってさ。三時間ぐらい戦ってたわ。」


「そ、それでカース……どうやって勝ったの!?」


「アレクも使ってたあの魔法『降り注ぐ氷塊』をめちゃくちゃ落としてやったよ。まともな魔法が全然効かなくて参ったよ。ミスリルギロチンも失くすしさー。」


「降り注ぐ氷塊だぁ? あんな魔法でやっちまったんかよ!?」

「いや、考えようによっては有効だぜ?」

「魔王のことだ。避けきれないぐらい広範囲に降らせたんだろ?」

「そもそもヒュドラって素早いんか?」


そうだよなー。普通は降り注ぐ氷塊なんて簡単に避けられてしまうもんな。


「当然範囲は広めにしたし、あいつはノロかったしな。それでも大変だったわ。」


本当は違うけど、徹甲連弾の説明が面倒だからこれでいいや。


「さすがカースね! もう大好き!」


アレクが抱きついてホッペにチュッとしてくれた。みんなが見てるってのに。悪い子だ。


「ところで、ヒュドラの肉って食べても大丈夫? 誰か知ってる?」


私は平気だろうがアレクやみんなが心配だ。


「知るかよ! ヒュドラから生きて帰っただけでスゲーってのに!」

「食った奴なんかいんのかよ?」

「勇者でも無理なんじゃねーの!?」

「まずは毒見だな。適当に焼いて食ってみるか?」


うーん。ならば私が。適当に薄く切ってステーキにしてみよう。味付けは岩塩のみ!


くわぁー! ジュウジュウ言ってる! 香ばしい! 何という腹が減る匂いなんだ!


よーし、そろそろいいかな。鉄板の上で肉を一口大に切る。ちなみにここまでの工程は全てナイフやフォークを金操で動かしているため、私は一歩も動いていない。便利!


「では、いただきます。」




こっ、これは!




肉汁があまり溢れてこない!

しかし、旨い……

肉の旨味から水分だけを抜いたように凝縮された味だ。旨すぎる……


コーちゃんも食べてみて。カムイも。


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


生でも美味しいけど、焼くともっと美味しいって? コーちゃんはグルメだなぁ。

ん、カムイはもっとくれって? まあ待て待て。今からガンガン焼くからな。


「問題なさそう。かなり旨いわ! ドンドン焼くからみんなで食べよう!」


「ヒャッホー! さすが魔王だぜー!」

「ヒュドラなんて代官でも食ったことないだろうぜ!?」

「辺境伯どころか国王陛下でもないんじゃねーか!?」

「魔王に乾杯するぜー!」


『かんぱーーーい!!』


「悪いけどアレクはもう三十分ぐらい待ってね。食べて欲しいものがあるんだ。」


「え、ええ……これだけのご馳走を前にして三十分は長いわね……」


こいつらで毒見も兼ねてるんだよね。三十分たってみんな無事ならアレクにも食べてもらおう。


そこからはいつものように乱痴気騒ぎとなった。コーちゃんは自分のコップに酒が注がれるのを待ちきれず、次々と誰かの手元の酒を飲んでいる。八岐のコーちゃんってか、違うか。


カムイは冒険者達と肉を半分ずつ食べたりしながら交流を深めている。いい子だなぁ。




さて、そろそろ三十分か。


「アレク、待たせたね。今用意するよ。」


肉を焼いている鉄板を火球ごと横に寄せてと。さっきまで鉄板があった地面を掘る。まあ掘るっていうか金操で土をどけるだけなのだが。


そこに埋まっているのは直径一メイルもないヒュドラの肉塊。それに塩や香辛料を塗り込んでサウザンドミヅチの革で包んで蒸し焼きにしたものだ。


香辛料の刺激的な香りが辺りに充満する。


「ガウガウ」あ、カムイが逃げた。香辛料は苦手なんだったな。


全員がこちらに注目している。そりゃあこれだけの香りを撒き散らしてるんだからな。さあ、切るぞぉ!


おおっ、今度は切り口から肉汁が滴っている! これは旨そうだ!


「待たせたね。さあ、食べて食べて。」


「ありがとうカース。いただくわね。」


アレクは小さな口を精一杯開いて食べようとしている。マナーなんか知ったことか! カースが用意してくれたんだから全力で味わうわ! とでも言わんばかりだ。あ、口の端からヨダレが。かわいいんだからもぉ。フキフキ。


「美味しい! 美味しいわ! 今まで食べた中で一番! こんなに美味しい料理、マトレシアにだって作れないわ!」


それはありがたいが、今回は素材の勝利だな。この肉をマトレシアさんが料理したら一体どうなることか。よし、おすそ分けしよう。この人数で食べても少しも減った気配がしないもんな。あちこち配っても余裕で足りそうだ。


私も食べてみよう。どれどれ……


「旨い……先程のステーキは凝縮された旨さだったけど、今度は凝縮された上に爆裂する旨さだね!」


「じゃあカース、私もあっちのお肉食べてもいい?」


「うん。いいよ。硬いから気をつけてね。」


誰の具合も悪くなってないので、アレクも食べていいだろう。


「本当ね。硬いわ……でも、美味しい。カースの言う通り、旨味が凝縮されているわ。これがヒュドラの生命力なのね。」


「喜んでもらえて嬉しいよ。一面の星空を見ながらアレクと美食。贅沢だね。」


「本当ね。星々の神、アストロノーヴァ様も私達を見ていらっしゃるのかしら……」


おっと、久々に神の名前を聞いたな。それにしても神の祝福か……貰えない神官は大変だな。




「おい魔王ー! 旨そうじゃねーか! 俺らにも食わせてくれよ!」


「おう、好きなだけ食いな。それから酒、スペチアーレシリーズはもうないのか?」


「俺が持ってるぜー。こんな魔境でスペチアーレとぁよ! 贅沢なお子様だぜ!」


「こんな魔境でヒュドラとは、贅沢なおっさん達だぜ!」


「ギャハハはぁー! 魔王も言うじゃねーか!」

「ちげぇねぇ! こんな贅沢ねーぜ!」

「魔王とヒュドラとスペチアーレ男爵にかんぱーい!」

「氷の女神にも乾杯だぁー!」


宴は一人、また一人と倒れながらも続いた。半数が倒れたところで私も眠くなってきた。今日はがんばったんだから当然だ。


よし寝よう。ヒュドラを収納して、余った切れっ端はこのまま置いておこう。誰か食べるだろ。


「じゃあ俺らは寝るからよ。道中無事でな。」


「おう、今夜はありがとよ!」

「またクタナツで会おうぜ!」

「氷の女神もまたな!」

「クタナツで会ったら飯行こうぜ女神ちゃん!」


殺すぞおっさん?


「皆さまのご無事をお祈りしております。旅の神、マッツォ様のご加護がありますように。」


アレクは本当に優しいなぁ。惚れ直しちゃうよ。


コーちゃんはまだ飲んでるし、カムイもまだまだ食べる気だ。でも私は寝室に行く! アレクを連れて行く! 眠いけど夜はこれからだ。

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