第729話 踊る王太子妃

そしてパーティーの定番、余興が始まった。本来なら楽団でも用意するのだろうが、現在の王都にはそんな余裕はないのかな。料理はそれなりに豪華だが。各自が思い思いに余興を披露している。


父上と母上は隅の方で好き勝手に踊っている。それを羨ましそうに見物する人達。ダンスに合わせるように演奏を始める人もいる。自前の楽器が魔力庫に入っているのはさすがの上級貴族だよな。それにしてもダンスに合わせて曲があるとは、普通逆だよな。すごい両親だ。でもチャンス!


「アレク、僕達も踊ろうよ!」

「ええ! 喜んで。」

「ピュイピュイ」


曲はワルツ調なので私には難しい。でも構わない。楽しく踊れれば何でもいいや。


楽しく踊っていたら曲が止まった。何のことはない、両親がダンスをやめたからだ。なんじゃそりゃ!

そして男は母上の周りに、淑女は父上に群がっている。なんじゃそりゃ!


「曲が止まっちゃったね。アレク弾いてよ。」


「いくらカースの頼みでも……国王陛下や王妃殿下もいらっしゃるのよ?」


「そう? でもさっき陛下は歌え、とかおっしゃってなかった? アレクのバイオリンを歌わせてよ。」


「もう……カースったら……じゃあ恥ずかしいけど……」


アレクのバイオリンがメロディを奏で始める。やっぱり最高だ。私もコーちゃんもご機嫌だ。それなのに周りの反応はイマイチ、なぜ?


やがて一曲が終わると国王が拍手をしながら近寄ってきた。


「アレクサンドリーネよ。まあまあの演奏であった。余興にはちょうどよい。だが自覚しておろう? 足りないものがいくつかある。まあ今月末を楽しみにしておれ。」


「お耳汚し失礼いたしました。陛下のお言葉は末代までの誉れでございます。」


まあまあだと? 私に音楽のことなど分からないが、一体どこが!? でも周りの反応からしてもそうなんだろうか。どいつもこいつも耳が肥えてるってわけか。くっ、私が無茶を言ってアレクに恥をかかせてしまったな。ならば!


「僕にも貸してくれる?」


恥の上塗りだ! 私の演奏を聴いて笑ってくれ!


「え、ええ。頑張って!」


弓など使わん!

ミスリルの欠片でピックを作ってみた。これでギターのように弾いてやる。曲は不良が学校に行くだけのやつだ! 激しくやってやる! 弾き語りだ!



おっ、意外と注目されてるな。道化師を見る目かな。でも楽しくなってきてしまったな。ついでだ。不良がテストを受ける曲も歌ってしまおう。




ふう、やってやったぜ。アレクが驚いたような顔をしているぞ。


「す、すごかったわ。何て言ってるのかよく分からなかったけど……前衛的なのね……」


「ふむ、リズムや音程はめちゃくちゃだが楽しめるものだな。しかしカースよ、宮廷楽士にはなれそうにもないが、宮廷作曲家にならなれるのではないか?」


ほお、意外と国王にも好評だ。


「恐縮です。まさか陛下にそう言われるとは。ありがとうございます。」


あっ、また曲が流れ始めたと思ったら、母上とアステロイドさんが踊っている。父上はベレンガリアさんとか。うわー、ベレンガリアさん嬉しそうな顔をしてるなー。アステロイドさんは緊張でそれどころじゃないってとこか。


ぬおぅ!

驚くことに、フランツウッド王子とキアラが踊ってる! どっちから誘ったんだ!? うわーキアラのやつ楽しそうな顔してるなぁ。体を動かすのが大好きだもんな。あっ、マルセルの野郎、アレクにダンスを申し込みやがった! くそイケメンめ! あぁっ! アレクも了解しやがった! そして私をチラリと見て微笑んだ。悪い子だ! ならば私だって! 誰かいないか?


「カースちゃん。こんなおばあちゃんだけど踊ってくれる?」


「喜んで!」


まさかの王妃!

そして現在の曲はさっきよりスローなワルツ。これなら私でも何とかなるか?




王妃とのダンスは一言で表すなら優雅だった。踊り手が私なのに優雅とは変な話だが。踊ってる私が自分のことを優雅と思えるようなダンスだったのだ。王族はダンスのレベルまで桁違いのようだ。


「カースちゃんって動きもいいわね。踊るのが好きなのね。」


「はい! そうなんです。楽しいですね!」


そこに乱入してきたのは……


「おいおい妬けるではないか。次は余と踊ってもらうぞ?」


「もちろんですわ。じゃあねカースちゃん。」


「はい! ありがとうございました!」


国王の奴、意外とかわいいところもあるんだな。しかし王妃はあの見た目でおばあちゃんと言われてもな。どう見ても四十代後半だよな。魔力と寿命は比例するんだったか。


あっ、アレクめ。今度はブランチウッド王子と踊ってやがる。でもちらりと私を見て微笑んだぞ? ならば私は誰と……


「そなたの腕前を見せてもらうぞ?」


うおっ、上級貴族オーラバリバリの女性だ。キャリアウーマンタイプ、たぶん母上より歳上かな。美人だなー。


「喜んで。」


わらわに付いて来れるか?」


「微力を尽くします。」


突如、曲調が激しくなった。これは、タンゴ? しかも速い!


「違う! 右足はこうだ! 左手はもっと強く!」


「はい!」


楽しくダンスさせてくれよ。何でレッスンが始まってんだよ。


「返事は押忍と言え!」


「押忍!」


「そうだ! それでいい! 踏み込みをもっと鋭く!」


「押忍!」


「妾をもっと強く引きつけよ!」


「押忍!」


「腰がふらついておる! もっと力強く!」


「押忍!」


「目線が緩い! 目に力を込めて妾をしかと見よ!」


「押忍!」


「左手はそこではない! もっと下だ!」


「押忍!」


「違う! まだ下だ!」


「お、押忍!」


「もっと下だ! そこを強く掴め!」


「押忍!」


完全にお尻じゃねーか! 何考えてんだこの人は!


「そうだ! そこだ! そこを優しく撫でまわせ!」


「押忍!」


ん?


「はぁはぁ、いいぞ! 次は右手で……」


「アントワーヌ様? うちのカースをたぶらかすのはそこまでにしていただきましょうか。」


「はぁはぁ、イザベルか。我らの踊りを邪魔するとは無粋な真似をしおる。カースよ、妾の尻はいかがであった? よい感触であったろう?」


「カース、正直に言っておあげなさい。」


うお、母上が怒っているようだぞ。まあ正直に言うけど。


「触り心地のよいお尻だったかと。ただ少々張りが足りないようにも感じました。運動不足とは思えませんが。」


「ほぅ、そなたその歳で女性にょしょうの尻を触り慣れていると申すか。さすがはアラン殿のお子。で、妾の尻のどこに張りが足りぬか今一度触って確かめてみよ。」


「アントワーヌ様? お戯れはその辺りで。王太子殿下に言いつけますよ?」


アントワーヌ……王太子……

あっ、王太子妃か?

まさかこんなセクハラババアだったとは。尻の触り心地は悪くなかったのだが、アレクと比べたらだめだよな。可哀想だが勝負にならない。


「ふっ、クレナウッドが怖くて若い男と遊べるものか。そなたの長男ウリエンは堅物でいかん。それに比べてカースの素直なことよ。」


普通王太子妃の尻なんか触ったら死刑じゃないのか? しかしこの場合は逆セクハラとでも言うのだろうか。よく分からないな。それより二女だけでなく母親までウリエン兄上を狙っていたのか。この国の王族はどうなってんだ?


「どうしたアントワーヌ? 激しく踊っていたようだな。カースとベタベタと……」


「まあアナタ! 見てらしたの? カース君ったら情熱的で……激しく私を求めてきますのよ? やっぱり若い男の子っていいものですわぁ。」


おいおいおばさん、王太子の前だと別人かよ。


「どうだカースよ。アントワーヌは魅力的だろう?」


「え、ええ、そうかと存じます……」


はっ! 分かったぞ!

さてはこのおばさん、王太子にヤキモチを妬かせつつ、若い男の肉体を堪能するという一挙両得を狙ったのか! しかもそれによって燃え上がった王太子の夜の責めが激しくなることまで計算済み! やるじゃないか。

はっ! つまりさっきのアレクも同じか!

私にヤキモチを妬かせて今夜のお務めが激しくなることを期待しているんだ! さすがアレク……王族と同じ思考をするなんて。素晴らしいレディだ。なんて可愛いんだ。


「ではなカース。妾の寝所に忍んで参る夜を楽しみに待っておるぞ?」


「いやー警備が厳重でしょうから無理ですね。諦めました。」


「まだまだじゃの。イザベルから短距離転移をしっかり習っておかぬからよ。精進せい!」


できるかい!

結局コーヒーカップの転移すらできてないってのに。


「カース、そのうち教えてあげるわ。難しいわよ?」


「母上ありがと。挑戦してみるよ。」


いつの間にやら会場のあちこちでダンスが行われていた。みんな楽しそうだ。未曾有のテロや災害から生き残ったんだもんな。死んだ者の分まで楽しまないといけないよな。

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