第720話 マリーとイザベル、そして宮廷魔導士

そろそろ夕方だというのに押し寄せる魔物は一向に減らない。偽勇者やクラーケンにやられたダメージや疲れはポーションをちびちび飲んで回復している。あるのは気疲れと眠気ぐらいだろうか。腹も減ってきたしキアラも心配だ……

よし、見てこよう。


「すいません、三十分ほどここをお願いできますか?」


「うむ、引き受けよう。」


さすが宮廷魔導士。頼もしいな。ではキアラのいるサウジアス海へ。




うおっ、海が一面凍ってる……

なるほど、上陸させるなって言ったから海から出てこれないように凍らせたのか。さすがキアラ、心優しい女の子だ。

しかも海中の温度も下げることで魔物達の動きを低下させたのか。真夏の太陽に負けずにこれだけの範囲を凍らせるなんて、キアラは凄いなぁ。


「おーいキアラー。よく頑張ったな。お腹空いてないかー?」


「空いたー! もう帰ろうよー!」


あっ、もう飽きたって顔してる。


「そうだな。帰って晩ご飯にしような。」


「わーい!」

「ピュイピュイ」


コーちゃんもお腹空いてたのね。

またまた宮廷魔導士さんに一言伝えて帰ろう。私は後でまた来るからな。




ゼマティス家に帰り、軽く情報交換。キアラが夕食を食べている間に私は再度出発。今度はコーちゃんとアレクにも来てもらおう。きっと安全だろうからな。


ちなみに母上とマリーは不在だった。王都の東を守りに出かけたそうだ。心配だ……




さて、久々の鉄ボードにて再びやって来たのはサウジアス海。問題なく海が一面凍っている。ここはもう心配いらないよな。宮廷魔導士さんも後は任せろと言ってくれたし。


そしてジャスト三十分。ヴェスチュア海に戻ってきた。私もキアラを真似て、ここら一帯を凍らせておこう。これなら高波の心配もいるまい。なぜか干満の差が激しくないことだし、一晩は持つだろう。こっち担当の宮廷魔導士さんたちも楽ができるだろう、よかったね。


「相当たくさん魔物が来たのね。カースとキアラちゃんが張り切ってくれたおかげで王都は救われたわね。」


「そうかもね。もっと早く凍らせるアイデアを思いついていたらなぁ……だいぶ楽ができたんだけどね。」


クラーケンに通用するかは別としても、雑魚どもにはバッチリ効いたはずだもんな。


「さーて、今日も疲れたね。お風呂にしようよ。」


「ええ、それがいいわ。」


それから私達はヴェスチュア海が見渡せるほどの高さに湯船を浮かべた。


宮廷魔導士が使うほどの遠見なら、こちらを見ることもできるだろうが、角度的に見えないだろう。だから私もアレクもいつも通りだ。


「ピュイピュイ」


おっとコーちゃんごめんよ。お腹が空いてたんだったね。とりあえずこれでも食べててよ。オークを一匹、カラッと焼いて魔力を込めた。「ピュイピュイ!」


さて、入浴タイムだ。さっきいい事を思いついたんだよな。取り出だしたるは高級ポーション。


「カース、怪我とかしてるの?」


「いいや、もう治ってるよ。これはね、こうするの。」


高級ポーションはまずいし、匂いもよくない。それを入浴剤代わりに使うとどうなるか……


「カースったら贅沢するんだから……でも、不思議な香りね。」


「どう? いい感じだよね。疲れが吹っ飛びそう。」


「ええ。落ち着くわね。ありがとう。」


不思議なことに薬草のような森のような、リラックスできる香りが漂っている。


入浴、イチャイチャ。そしてその後、アレクはマッサージをしてくれた。今日は朝から大変だったもんなぁ……心に染みるマッサージだなぁ……ああ、寝そう……


いかん!

私が寝たら全部落ちてしまう!


「アレク、帰ろう。帰って続きをお願いできる? 寝そうなもんでね。」


「ええ、もちろんいいわよ。本当によく頑張ったのね。大好きよ。」


本当に、色々あったな……

オディ兄やアステロイドさんには悪いがこのままゼマティス家に戻ろう。さすがに疲れたよ……残りは盗賊か……




母上とマリーはまだ戻ってきてない。伯母さんに軽く状況を説明して私達は寝室へ。アレクのマッサージを受けながら私はいつの間にか眠り込んでしまった。





その頃、イザベルとマリーは。


「ようやく落ち着いたようですね。」


「そうね。全く、王都で呪いの魔笛を吹くなんて相当狂ってるわね。」


そこには大量の魔物が、大きいものから小さいものまであれこれと横たわっていた。


「協力に感謝する。やはり魔女はいくつになっても魔女のようだ。」


「もう四十ですわ。歳のことは言わないでくださいな。」


「いや、いつまでも美しいと言いたかったのだ。そちらの方はエルフか? ご協力かたじけない。」


「元、同胞の不始末、いや火遊びですから……私としましては……」


イザベルとマリー、そして数人の宮廷魔導士が協力して東から押し寄せる魔物を撃退していた。


「マリーが悪いわけないんだから気にしてはだめよ。ね? マナドーラ様もそうお考えでしょ?」


「ああ、分かっている。遥か北に住むと言われるエルフが王都を遊びで滅茶苦茶にしたと聞いた時、はらわたも煮えくりかえるかと思ったが……助けてくれたのもエルフとはな。感謝している。」


「奥様、マナドーラ様……もったいなきお言葉……一度は捨てた故郷ですが、坊ちゃんから焼き尽くすと言われた時は本当に恐怖してしまいました……私にも里心があったのです……」


「マリーったら。カースがそんなことするわけないのに。おバカさんね。」


「一騎当千の魔法使い、エルフの村を焼き尽くすとは……ワシには冗談でも言えんな。」


「はは……冗談ですよね……ただの演技で……」


「カースったら普段は何も考えてないクセに、妙な時に妙な知恵がはたらくのよね。変な子。」


「国王陛下や王太子殿下もカース殿を重視しておられる。良いお子を育てたものよ。魔女の息子は魔王か……」


やがて交代の宮廷魔導士が到着し、イザベルとマリーはゼマティス家へと帰っていった。

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