第690話 貴族学校の攻防

すっかり暗くなってしまった。立ち込める煙りも見えにくくなってきた。狂信者の暴れる音も多少は収まった気がする。ソルダーヌちゃんはまだ目を覚まさない。エイミーちゃんはかなりピリピリしているな。


「カースさん、お久しぶりです。今回は助けに来てくれてありがとうございます。」


「やあイエールちゃん。いつぶりかな。アレクの頼みだから気にしなくていいよ。」


こんな風に素直に感謝してくれれば助ける甲斐もあるってもんだ。この子もさっき目を覚ましたぐらいかな。魔力がかなり減っているように感じる。大変だったんだろうな。


「何か食べますか? 大したものはありませんけど。」


「じゃあ少し貰おうかな。」


出されたものはお茶の友といった感じだ。ラスク、スコーン、ビスケット。お茶がないと喉が渇いてしかたないぞ。と、思ったらお茶も出てきた。ありがたい。


お茶を飲もうとしていたら、屋上の封鎖が破られ白い奴らがなだれ込んできた。さっきまで静かだったのに。こいつら隠密行動なんかできたのか?


『氷壁』


先頭の奴ごと氷で封鎖。初めからこうやっておけばよかった。


「イエールちゃん、ちょっと行ってくるからソルダーヌちゃんを頼むね。」


「はい!」


どうせ烏合の衆だ。片っ端からぶち殺してやる。氷壁解除、そして『散弾』

学生達は私の後ろなので手加減をする必要はない。貫通しようが全然構わない。わずか二十人ほど仕留めて終了。本当にこいつら何がしたいんだ?




「ソルダーヌ様! ソルダーヌ様! お加減は大丈夫ですか!」


おっ、今の音で目が覚めたのかな?


「エイミー……あれから何時間経った?」


「六時間です。ソルダーヌ様のおかげをもちまして全員無事です!」


「そう。良かったわ……」


「やあ、ソルダーヌちゃん。無事みたいだね。」


「カース君! やっぱり来てくれたのね! まさか本当に王都にいるなんて……」


「たまたまだよ。二、三日前に来たばかりなんだ。ゼマティス家に連れて行きたいところだけど、自分だけ逃げるわけにはいかないって言いそうだね。」


「当然よ。でもカース君が守ってくれるのよね? だったら何の心配もしてないわ。」


「ソルダーヌ様……」


なぜかエイミーちゃんは悲壮な顔をしているな。そんなにソルダーヌちゃんを私に近付けたくないのか。それなら自分で何とかしろよな。


「とりあえず、ここで寝られるよう準備をしようか。適当に布団とか何か集めてさ。」


私は自前の簡易ハウスがあるけど。


「そうね。それがいいわ。みんな! 協力して今夜を乗り切るわよ!」


ソルダーヌちゃんの指揮のもと、みんなが一丸となっている。さすが英雄の血脈。すっかり空気が変わってる。さすがにカリスマ性も抜群だな。




それにしても今日だけで一体何人死んだんだ? 明日の朝は地獄絵図かもな。しかも季節は夏。マズいか……

どうやって事態の収拾を図るべきか。黒幕エルフは死んでしまったし、現場エルフは居所が分からない。

建物をぶち壊したことで狂信者にどんな影響が出るか……それとも構わず暴れ続けるのか?

しかしあんな狂った動きをいつまでも続けられるはずがない。




「カース君。アレックスはどうしてる?」


「ああ、ゼマティス家の警護をしてくれてるよ。今はあそこの当主夫人が倒れてしまってるからさ、僕の代わりに守ってくれてるんだ。」


「アレックスは……そこまでしてカース君を寄越してくれたのね……ごめんなさい。」


分かってくれてるな。アレクは本当に友達思いのいい子なんだから。


「いいんだよ。アレクの頼みだからね。ところで、明日は朝から死体の処理をした方がいいよ。」


「そうね。下手にアンデッドになられても困るものね。魔力の低い者でも四、五日も放置すれば大抵アンデッドになるものね。」


あら、意外と余裕があるんだな。もっと早いと思ってたよ。やはり私の知識はあてにならないな。




みんなでささやかな夕食をとる。私の魔力庫にはオークが大量に入っているが、今夜のところは提供する気はない。解体スペースもないし、火を起こして狂信者どもに集まってこられても面倒だからだ。この場にある物をいただいておこう。


「ごめんなさいカース君、こんなものしかなくて。厨房や食堂はかなり荒らされているみたいで……」


「いやいや構わないよ。明るくなってから適当に何か食べようよ。」


思えば、ソルダーヌちゃんだって自分のとこの上屋敷が心配だよな。それなのにみんなを優先してしっかりリーダーシップを発揮している。頭が下がる……これこそが本物の貴族なんだろうな。かなり見直した。一人も勝手な行動をとろうとする者がいないんだから。夏休み中で人数が少なかったことも関係してるかな。

とてもダミアンの妹とは思えないぞ。


「ソルダーヌちゃんってダミアンの妹なのに偉いね。あいつだったらこんな状況でも酒飲んで寝てそうだよね。」


「ふふっカース君たら、そんなことないわよ。ダミアン兄上ってこんなときこそ実力を発揮する人よ。」


へぇー、そうなのか。言われてみれば昔、クタナツと領都の戦争を回避できたのはダミアンが上手くやったからだもんな。バカにしたもんでもないな。まあいない奴のことなんか考えても仕方ないか。


ん? 足音が聞こえる。招かれざる客か? 全員に緊張が走る。


姿を現したのは……


「こんばんは。五年のパスカル・ド・ダキテーヌです。こちらにカース君はおりますか?」


おお、懐かしき同級生パスカル君じゃないか。ソルダーヌちゃんとは違う派閥なんだよな。何事かな?

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