第689話 ソルダーヌとエイミー

傷だらけの伯母さんを寝かせて、私達は昼食だ。屋敷の人数はおよそ半減していた。こんな時は気分を盛り上げる必要がある。

海産物を使用したミスリルボード焼きだ。肉や胡椒、ワサビも大盤振る舞いしよう。そんなに大勢じゃないし。コーちゃんは喜びを隠しきれないようだ。




さて、腹は膨れた。しかしアレク達の魔力はまだまだ回復しないだろう。いくら正門前に大岩を置いたからと言ってもまだまだ心配だな。こんな時にシャルロットお姉ちゃんとギュスターヴ君はどこをほっつき歩いてるんだ? 外は危ないぞ。


「カース様。申し上げたいことがございます。よろしいでしょうか?」


伯母さんの後ろによく控えている執事さんだ。存在感がないんだよな。


「はい。何でしょう?」


「シャルロットお嬢様とギュスターヴ坊ちゃまがお帰りになられた時、あれほどの大岩がございますとお入りになれないかと……」


「塀は越えられないんですか?」


そう言えば伯母さんも正門以外からは入れないって話してたな。


「ええ。カース様が出かけられた後、奥様が結界魔法陣を起動いたしました。これで明日の朝ぐらいまでは正門以外の侵入経路はありません」


さすがゼマティス家……結界魔法陣を個人宅で使用することが許されているとは……それなのに正門を破られるとは。伯母さんも無念だったろうな。


「分かりました。どけておきましょう。代わりに子供一人がギリギリ通れるぐらいの隙間を空けて氷壁を置いておきましょうね。」


「ありがとうございます。今はカース様だけが頼りです。何卒よろしくお願いいたします」


ますます出かけられなくなってしまったな。まあいいか。ここは私が守ろう。それはそうと、結界魔法陣の強度が気になるな。どの程度まで耐えられるのか……いつか実験してみたいな。




結局夕方まで二人は帰って来なかった。外からは未だに暴徒の騒音が聞こえるし、煙も止まらない。まだ鎮圧できてないのかよ。


「ねぇカース。ソルのことなんだけど……」


忘れてた。助けるべきだったか?


「どうしたの?」


「ここは私に任せてソルを助けてあげて欲しいの……」


「分かった。いいよ。じゃあ行ってくるね。」


アレクの頼みなら何だってやるに決まってる。コーちゃんはアレクを頼むね。「ピュイピュイ」


「ありがとう、カース……」


そうと決まれば善は急げ。狭い氷の隙間をくぐり抜け貴族学校へと向かう。




やはりここも正門が壊されている。見た感じ白い奴ら二、三十人の死体に対して生徒が一人死んでるようだ。やはり数の暴力は侮れないな。さーて、ソルダーヌちゃんは無事かな。ついでにエイミーちゃんとイエールちゃんも。それにしても騎士団は何やってんだよ。全然事態を収拾できてないじゃないか。


さて、どうやって探そうか……


さっきと同じでいいか。


『ソルダーヌちゃーん! いたら合図してー!』


呼びかけること数回。合図はない。まずいな……

仕方ない。争いの音がする方から優先的にまわってみよう。


校舎内に入ってみれば、学生の死亡率がやや上がったように見える。死体の上を歩くのは気が引けるが仕方ない。浮身を使ってもいいが狭いからな。


ポツポツと白い奴らの生き残りが襲ってくる。面倒だが殺すしかない。『氷散弾』

貫通しないよう威力を調節するのも面倒くさい。しかしさすがに学生を巻き込むのは可哀想だもんな。

おっ、生き残りの学生発見。ギリギリで粘っているようだ。助けよう。『氷散弾』


「大丈夫? ちょっと聞きたいんだけど、五年のソルダーヌちゃんって知ってる? どこかで見かけた?」


「た、助かりました……ありがとうございます。えっと、ソルダーヌ様でしょうか……ごめんなさい、分かりません……」


「それならいいんだ。じゃあ気をつけてね。」


何か言いたそうな顔をしているがスルー。情報がないなら用無しだ。次々行こう。




同じようなことを繰り返しているが、誰も知らないようだ。学年が違うからなのか、派閥が違うからなのか。パスカル君も気になるが、彼は強いから大丈夫だよな。




そしてやっと知った顔を見つけた。


「やあエイミーちゃん。助けに来たよ。ソルダーヌちゃんは無事?」


「くっ、今ごろ……ソルダーヌ様はな! 自分の身に危険が迫った時には必ず貴様が来てくれると信じておられたのだぞ! それを今ごろノコノコと!」


「え? もしかして手遅れ?」


マジかよ……


「縁起でもないことを言うな! 生きておられる! しかし限界まで魔力ポーションを飲まれてお倒れになっている!」


驚かせるなよ……


「そっか。それならいいんだ。助けが要るよね?」


「要るに決まっているだろう! ソルダーヌ様はこっちだ!」


怪我がないのはよかったかな。




案内されたのは屋上。結構たくさんの学生がいる。みんなそれなりに怪我をしているようだ。


「エイミーちゃん、一つ聞くよ。ソルダーヌちゃんを一旦ゼマティス家に避難させる? それともこのままがいい?」


「貴様のような奴にソルダーヌ様を任せられるはずがない! このままだ!」


嫌われてるなぁ。別にいいけど。なら仕方ない、ここでソルダーヌちゃんが起きるまで守るとしよう。


「その服装、もしかして魔王さん……」

「え? 魔王?」

「嘘!? 魔王が助けに来てくれたの!?」

「えぇ……弱そう……」

「地味な顔ね……」

「魔力弱いじゃん……」


賛否両論か? 別にいいけど。とりあえずソルダーヌちゃんが起きるまで守れればいいや。座ってよっと。


「おいおい座りこんじまったぞ」

「年寄りかよ」

「本当に魔王なのか……」

「ソルダーヌ様にあんなに近付いて……」

「よくエイミーが文句言わないな」

「しかし本当に魔王にしては……魔力が……」


そんな遠巻きに見てないで話しかけてくればいいのに。『挨拶は 誰に会っても 自分から』って言葉を知らないのか?


「ところでエイミーちゃん、生き残りはこれで全員? この学校にしてはえらく少ない気がするけど。」


「気安く呼ぶな! ここにいるのは辺境派だけだ! 他の派閥のことなど構っていられるか!」


今さらかよ。まあ呼ぶなと言われたら呼ぶまい。そろそろ暗くなるな。狂信者と言ってもただの人間だ。暗くなったら動けまい。それとも火をつけまくってるから関係ないか?

ホラーあるあるだと、ここから化け物とかが出てきたり、ここにいる何人かが死んだりするんだが。

どうなることやら。

それよりアレクは無事だろうか? あっちも心配なんだよな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る