第662話 アレクサンドリーネとイザベル
やはり母上は魔力枯渇だった。実は内心怖かったんだよな。
あの一瞬、まるで母上がいなくなるような感覚に襲われてしまったが、ただの勘違いだったようだ。まったく……母上に限って心配無用だってんだ。
治療院には最高級コースの精密検査をお願いした。三日がかりで金貨百枚。安いものだ。もっとも、母上なら自分で自分を治すことも容易いんだろうけどさ。
さあ帰ろう。アレクは目覚めただろうか。
「ただいまー。」
「ピュイピュイ」
「おかえりなさーい。」
「アレクはまだ寝てる?」
「ええ、寝てるわ。先にお昼にする?」
「いや、そんなにお腹が空いてないからアレクが起きてからにするよ。それより母上を治療院に置いてきたから時々様子を見てあげてくれる?」
「え!? 奥様どうされたの!?」
「魔力枯渇だよ。稽古をつけてもらったんだ。母上は凄かったよ。負けちゃった……」
「……きっと奥様は全魔力を振り絞られたのね。もうカース君が何物にも負けないように……」
「そうだと思う。かなり勉強になったよ。僕もまだまだだね……ところでキアラは?」
「朝から出かけたわ。東の方に行くって言ってたけど。夕方には戻るそうよ。」
「ふーん、気になるね。どこまで行ったんだろ。」
さーて、アレクの寝顔を見ながら待ってよーっと。
それはそうと、今回の件の黒幕は結局どうなったのだろうか。ついさっき気付いた……いや、気付かされたことは、受付さんはやはり操られていたってことだ。私を操れば早そうなものだが、そうはいかない事情があったんだろうな。その上、もし私が刃物なんか持ってたらちまちま毒で殺すより自分で喉を掻っ切ればほぼ即死なんだから。
そうなると受付さんが可哀想になってきたな。金目当てのヒモ男と結婚するところだったし。
あ、あの毒の出所は魔蠍のはず。しかし魔蠍はすでにない。魔蠍に供給した奴がいるってことか? 大元はまだ生きている?
どこのどいつか知らんがしぶといわー。そういや魔蠍のボス、アンタレスが「俺たちの仕事に失敗はない」って言ってたな。まさかターゲットが死ぬまで組織がなくなっても引き継がれるってのか? そんなこと可能なのか? それともただの意地か? 王宮で大掛かりな仕掛けを使ったクセに失敗したもんだからムキになってるとか?
分からん……
それでもこの一年半をクタナツで過ごしたのは正解だったようだ。ここならそうそう手出しできない、できなかったはずなんだがなぁ。
ってことは、まさかクタナツに拠点を作ったってことか? 大昔に潰れたと思ったら新たな組織、それも魔蠍と関係ある組織ができたのか?
まあいい。何回でも潰してやる。
魔力を取り戻した私は無敵だ。たぶん。
「カース……」
「アレク! 大丈夫? どこか痛くない?」
「ええ、大丈夫……こ、ここは?」
「クタナツの僕んちだよ。何か飲む?」
「ええ、冷たいお水が飲みたいわ……」
「はいこれ。」
「ありがとう……」
ゴクゴクと喉を鳴らして飲むアレク。こんな仕草でさえ絵になる女の子だ。
「食欲はある?」
「ううん……それよりカース……」
おおっと、アレクが抱きついてきた。怖かったよな。密室でいきなり危険な魔物に襲われたんだから。もしも魔力を振り絞ってドアを壊さなければ死んでたんだから。
「よしよし、よく頑張ったね。アレクの頑張りが自らを助けたんだよ。」
「グスン……ホントに怖かったんだから……いきなり襲われて……全身が焼けるように熱かったの……」
「うんうん、かなり強力なスライムだったみたいだね。それなのにアレクはよくやったよ。偉かったよ。」
「服があっという間に溶かされるし……声も出せないし、何とか覆われる前に右手だけ出せたから……風球が使えたの……」
水中と一緒でスライムの中は魔法が使いにくいってことか。いや、水中以上なのか。
「さすがだね。普通できないよ。さすがアレクだね。」
「ごめんなさい……せっかく伸びた髪が……またこんなに短くなってしまって……」
「いいんだよ。アレクは短い髪だって似合うんだから。快活で可愛いよ。それに母上がバッチリ治してくれたからどこにも傷一つ付いてないよ。」
「カース……ホントに? どこにも傷なんてない?」
「もちろんだよ。いつも通り、透き通るような美しい肌だよ。」
「じゃあ確かめてくれる?」
そう言ってアレクは毛布を剥ぎ取った。全く、目が眩むような白い肌をしやがって。昼間から悪い子だ。
「うん。きれいだよ。」
そして私はアレクに……
ポーションマッサージを施した。高級ポーションを湯水の如く使って頭皮から爪先まで入念に揉みほぐした。本日三本目だからこれ以上は使えないけどね。
囁くような、耐えるような声。アレクはますます艶やかになった。
そろそろお腹も空いてきた。
よし、少しだけ高い店に食べに行こう!
「カースのイジワル……」
「ふふ、スライムなんかにやられた罰だよ。次から気をつけようね。」
「うん……バカ……」
後ろから刺された私が間抜けだったように、いくらトイレだからってやられたアレクは間抜けなのだ。私達はクタナツの民なんだから。お互い気をつけないとな……
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