第602話 アレクサンドリーネの憂鬱

冬。

アレクサンドリーネは領都に戻ってから普段通りの生活を送っていた。しかし週末になると、カース邸に一度は顔を出しマーリンとお茶を飲んでいた。そこで目覚めたダミアンと顔を合わせることも珍しくなかった。

なお、マーリンの給金は一年分前払いしてあるためカースが戻らなくても当分は問題ない。このまま帰って来なかったらアレクサンドリーネが支払うつもりでいた。


また、一人でムリーマ山脈に行き魔物を狩ったりもしている。エリザベスに触発され、一人でも空を飛べるよう訓練もしている。まだまだエリザベスにすら追いつけないが、早朝から夕方までに往復できる程度の速度は出せるようになった。

また、あの時のエリザベス……魔法を避けるのではなく、魔法がエリザベスを避ける姿は強烈に目に焼き付いていた。そのため実技の授業ではそれを再現しようと試行錯誤するが、全く上手くいかない。現在のアレクサンドリーネの順位は四位にまで落ちていた。首席はアイリーンである。




「ねえねえ、あの女さぁ、最近の週末全然外泊してないらしいわね」

「そうそう、ついにあのカス貴族に捨てられたのかしら?」

「でもあのカスって優勝したんでしょ? 生意気に王国一って。しかもあの高慢女が準優勝って本当に?」

「それは間違いないみたいね。アイリーンも言ってたし。決勝戦で無様なところでも見せて捨てられたとか?」

「逆にやり過ぎて勝ちかけたものだから捨てられたって線もあるわね」


「だから最近元気がないくせに荒れてるのね。髪も短くなってるし順位も落としたし」

「あんなカスに捨てられたぐらいで情けないわね」

「あっ、でもあのカスでも優勝した上に『御目見得おめみえ』だって話よね?」

「そうよね。あんなカスでも『御目見得』となるとバカにできないわよね?」

「どうする? 狙ってみる?」


「私はいいわ。クライドがいるし」

「あんな空っぽ頭のどこがいいのよ?」

「あなたこそラリーガよね? あんなボンクラのどこがいいの?」

「べ、別に私はラリーガのことなんか!」

「じゃあ私があのカスを狙ってみようかしら?」


「いいんじゃない? 私はあの顔趣味じゃないし」

「せいぜい頑張ってみれば? あのカスと歩いているところをあの女に見せつけたら面白そうよ?」

「それいいわね。腕なんか組んであの女の前を歩いてやるの。どんな顔するのかしらね?」

「見てみたいわね。私も狙ってみようかしら?」

「そう? それなら任せるわ。私もあんな顔タイプじゃないし。応援してるわね」


御目見得とは、王宮に招かれた上で国王に謁見を許されたという貴族の格を表す。いかに下級貴族でも、御目見得ともなると見下すことができないものがあるのだ。





カースが領都に姿を現さなくなって一ヶ月以上が経っている。アレクサンドリーネを嫌う女達はこのような噂話で盛り上がっており、アレクサンドリーネを狙う男達はそれ以上に盛り上がっていた。





「おい、最近あの女貴族いつも一人だよな?」

「おお、一人でムリーマ山脈やらカスカジーニ山まで行ってるらしいぜ?」

「少し前まで一緒だったあの男よぉ、最近見ねーな」

「おお、死んだんじゃね?」

「魔王とかってイキがってやがったもんな」

「なのになんで貴族の女がわざわざ冒険者なんてやってんだ?」

「知るかよ。どのみちチャンスだろ? 一人で山ん中だぜ?」

「オメーごときでやれんのか?」

「けっ、そんなもんやったもん勝ちに決まってんだろ」

「まあ早いもん勝ちだな。お前ら後からガタガタ言うんじゃねぇぞ?」

「へっテメーの粗末なモンじゃあ無理だな。俺がいただくぜ」


領都のギルド、併設の酒場では若い冒険者達が下らない話題で盛り上がっていた。


アレクサンドリーネの身に危険が迫る。しかしカースはいない。いても役に立たない。どうするアレクサンドリーネ。

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