第592話 エリザベスの冒険 2

私の名はエリザベス・ド・マーティン。

クタナツ生まれクタナツ育ち。父は騎士アラン、母は魔女イザベル。

物心ついた時から私を夢中にさせる男、ウリエン兄上。

かつて王都中の人気を集めた父上を超える端正な顔立ち。母上譲りの類い稀な魔力。剣鬼と呼ばれ恐れられるフェルナンド先生から受け継いだ剣術の腕。そして何より慈悲深い性格。

私には分かる。兄上は王国一だ。

兄上ほどの男は王国中探しても見つかるはずがない。

そんな兄上にまとわりつく女はいくらでもいる。同級生、同級生の姉妹、同級生の姉妹のメイド、同級生の姉妹のメイドの友人達。きりがない。


そんな兄上が領都の騎士学校へ行ってしまった。私の目が届かない場所へ。

兄上は誰にでも優しい。困っているクソがいれば誰でも助けてしまう。そしてまた兄上に惹かれるクソが増えてしまう。


そんな兄上は能力に相応しく王都の近衛学院へ行ってしまった。やはり兄上は王国一だ。


領都においても兄上の人気は絶大だった。兄上の同期にウメールというクソ男がいたが、一部の見る目のないクソにだけ人気がある下らない男だった。兄上に群がらないクソなど節穴だ。しかし兄上に群がるクソは私が始末する。


王都においても兄上の人気はすごい。当然だ。王国一の男なのだから。そんな兄上を狙う勘違いした女達クソども。お前達程度で兄上に釣り合うものか。兄上に唯一釣り合う女は私だけだ。兄上が欲しいならば私を殺してみろ。そんなこともできないくせに兄上の横に並び立つつもりなのだろうか。


私だって自分が弱いことぐらい知っている。王国一の兄上は当然だが、バカな弟オディロン。そして大バカな弟カースにすら劣っていることぐらい分かっている。


ならばどうする?

劣等感を抱えて生きていくのか?

そんなことができるはずがない。私は『聖なる魔女』イザベルの娘だ。


立ち塞がる者は全て殺す。

私と兄上の邪魔をする者の全てを。


そんな日々。

一体何人殺したのだろう?

決闘を挑まれたのだから仕方ない。貴族にとって決闘は神聖なものだ。挑まれたからには避けて通れない。こっちから吹っ掛けたこともあっただろうか。


そんなある日。

兄上は王国一武闘会に出場した。

あの若さですでに近衛騎士としての地位を確立しているにもかかわらず、フェルナンド先生を目標として立ち止まらない兄上。ああ、なんて……


決勝トーナメント三回戦でレイモンドとやらと当たってしまい負けてしまった。無尽流の道場主ならば仕方ないだろう。フェルナンド先生に負けたようなものだ。フェルナンド先生は人外なのだから兄上が王国一であることに変わりない。つまり優勝したも同然。さすが兄上だ。


そんな兄上を見てしまったからには私もやらねばならない。兄上が王国一の男なら、私は王国一の女にならなければならない。


聞くところによると、今回は宮廷魔導士どもが参加していないらしい。大抵は新人が五、六人は出場するのに。どのような事情かは知らないがこれはチャンスだ。私のような才能に劣る女であっても勝ち上がれるかも知れない。


そして決勝トーナメント三回戦。これに勝てば決勝戦だ。しかし、対戦相手は不気味だった。全身黒尽くめ、顔はまあまあ整っている方だろうか。声は不思議と通るが、気味が悪い。


私の魔法がことごとく防がれている。もしもカースならば相手の防御ごとブチ抜くのだろう。自分の弱さが嫌になる。


そして奴は闇雲で会場中を覆い尽くした。その程度で私の感知を免れたつもりだろうか?

魔力は感じないし、視界も奪われた。しかし私とてフェルナンド先生と兄上に教えを受けた身。

なのに、闇の中……あぁ孤独だ。

孤独こそが私に力をくれる。


対戦相手、アン何とかは私の前方にいる。動いていない。余裕かましているのだろうか。このまま魔力を溜めて特大の一撃で殺してやる。


そんなことを考えていた時、私の背中を刺す何かが……






そこからはもう覚えていない。

私が目を覚ました時、そこは異境だった。


エルフの村?

マリーがエルフ?

カースが倒れた?

私のせい?

私が弱かったから?

弟達にも劣る才能のない姉だから?


許せない……

私をこんな目にあわせた闇ギルド……

カースをこんな目にあわせた猛毒……

偉大な両親のもとに生まれたのに弱い私……

許せない……


やはり殺す。

全て殺す。

可愛い弟をこんな目にあわせた全てを殺す。

王国一になれなかった私は殺す。

私の敵を全て殺す。

私は『虐殺エリザベス』なのだから。

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