第590話 月の日、再び

ヴァルの日。ついにカースが倒れてから一週間が経過してしまった。

エリザベスは覚悟を決めた通り単身クタナツを目指すつもりである。欲を言えばマリーに付いて来て欲しいのだが、重量の問題とカースの世話があるためやはり単身だ。空を飛ぶのに必要なのは魔力制御だけでなく、むしろ純粋に魔力量が重要だ。ならばやはり一人で往くべきだろう。


「お嬢様、これをお持ちください。オディロンが坊ちゃんにプレゼントした羅針盤です。これがあれば迷わずクタナツへ帰り着けます。ですが一直線に帰ってはだめです。まずは南西に行き、海沿いを南下してください。」


「ありがとう。分かったわ。借りておくわね。可能なら王都まで行って、それから帰ってくるわ。それまでカースをお願いね。」


「道中の無事をお祈りしております。」


そうしてエリザベスは南の空へと消えていった。時速にして五十キロル。山岳地帯を抜けるだけでもかなりの時間を要することだろう。


果たしてエリザベスの判断は吉と出るか凶と出るか。カースの復活を待ってから帰るべきだったのだろうか……







そして冬の訪れを感じる頃、エリザベスはついにクタナツへと帰り着いた。かかった時間はわずか九日。あの山岳地帯から戻ったと考えると恐るべきハイペースである。もちろん数時間で到着したカースの異常さと比べるのは無意味だろう。単身で生きて帰り着いただけでも超一流の冒険者と言っていいのだから。


時刻は昼。北の城門前に落下するように降り立ち、列に並ぶフラフラのエリザベス。


「次!」


「アラン・ド・マーティンかメイヨール卿を呼んでくれない? 私はエリザベス・ド・マーティンよ……」


そう言って魔法学院の学生証を見せる。


「いいだろう。しばし待たれい。」


そしてやって来たのはスティードの父だった。


「エリザベスちゃんかい? 王都から帰ってきたのか? 一体どうした?」


「おじ様、お久しぶりです。よんどころない事情がございましてクタナツに舞い戻って来ました。うちの父は今日は?」


「うぅむ。実はな……」


メイヨールによりエリザベスは両親の状況を知らされた。自分のためにそんなことになっていたなんて……

そしてエリザベスも事情を説明する。スティードが現在王都におり、優勝したこと。また領都まで連れ帰る必要があることを。


「そうだったのか。そんな目にあっているのにスティードの心配をしてくれるとは……」


「せっかく優勝したのに領都に帰れないのでは学業に支障が出ます。きっと困っているはずですわ。私のために申し訳ありません。」


「家の方にはオディロン君とキアラちゃんがいるはずだ。今の時間どうしているかは分からないが、帰ってみるといい。騎士長には私から伝えておこう。」


「ありがとうございます。アレックスちゃんの準優勝と合わせて伝えてあげてください。」




そして数年ぶりの実家。


「はーい。どなた?」


現れたのはベレンガリア。


「あれ? ここってマーティン家……よね?」


「エリザベスさん! ご無事だったんですね! 私です! ベレンガリアです!」


「あぁベレンちゃん。久しぶりね。おかげさまで命拾いしたわ。何やってるの?」


「マーティン家のメイドをやってます! それよりカース君はどうしたんですか? まさかもう王都に? いやいやそれよりお風呂ですね! さあさあ!」


「そうね。落ち着いてから話すわ。」


数年ぶりの実家の風呂はマギトレント製になっていた。疲れ切った体には何よりありがたい。エリザベスはそのままベレンガリアが様子見に来るまで風呂で寝ていた。危ないところだった。

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