第515話

十月十八日、ヴァルの日。


誕生日を目前に私は王都を再訪した。

アレクは私と同じ魔法あり部門、スティード君とアイリーンちゃんは魔法なし部門に出場するのだ。大会は今週末か……まずは参加受付だけ済ませておこう。


今週末デメテの日に十五歳以下の部魔法なし部門、パイロの日に魔法あり部門が行われる。私は両方エントリーした。魔法なしで勝ち抜けるなんて思っていないが、これも経験だと割り切って挑戦するのみだ。


会場は王都の第二城壁内にあるコロシアム。領都のものも大きかったが、ここのもかなり大きいそうだ。なんでも二万人ぐらい入れるらしい。人口比からすると領都のより小さいとも言えるか。


近づくに連れて人が多くなってきた。全員参加者なのだろうか。見たところ学生風の人が多いようだ。王都の魔法学校生や貴族学校生なのだろうか。私達のように馬車で向かっている貴族風の参加者もいれば、冒険者の荒々しい雰囲気を出している者までいる。ワンデイトーナメントで決着がつくものか?




ようやく私達の番になった。書類はすでに記入してある。


「はい、受け付けました。当日は朝八時までに集まってください。規則をよく読んでおいてくださいね」


規則はそこまで複雑ではない。気絶や降参、そして場外で負けとなる。魔法なしの部ではもちろん魔力庫も使えない。それ以外は何でもアリ、気になるな……


「じゃあ僕は兄の所に行くね。」

「私は伯母のところだ。」


スティード君とアイリーンちゃんが別行動となる。次に会うのは本番だろう。


「ええ、本番を楽しみにしているわ。」

「お互いがんばろうね。」

「ピュイピュイ」


さて、ゼマティス家に行くのは夕方でいい。先にフェルナンド先生に挨拶に行っておこう。




平日の昼間。先日あれだけたくさんの子供達が稽古をしていた広い庭には誰もいない。普通に道場内で稽古をしているようだ。


「押忍!」

「お、おす!」


アレクの挨拶はどことなく可愛らしい。

やはり十数人の方々が稽古に励んでいた。フェルナンド先生の姿も見える。早速参加だ。後ろの方に位置取る。なおアレクは隅で杖の素振りをしている。




そして夕方、一旦稽古は終了となり先生や先輩方と交流の時間だ。


「押忍先生! お久しぶりです!」

「お久しぶりです。お邪魔いたしております。」


「二人ともよく来たね。コツコツと努力の跡が窺える。よくやってるね。」


嬉しい……やっぱり先生から見ればすぐ分かるんだ……逆に言えばサボっているとすぐバレるってことか。


「ありがとうございます。アレクも武闘会に参加しますので、よろしくお願いします!」

「及ばずながら私も自分の力を試してみたいと考えております。」


「アレックス嬢、前回お会いした時より魔力が数段上がっている。ふふ、いい経験をしたようだね。」


まさか……先生はそこまでお見通しなのか? さすがに無理なのでは……アレクは顔を赤くしている。どこまで可愛いらしいんだ。


「それより、紹介しよう。現道場主のレイモンド・リメジー殿だ。」


「お初にお目にかかります。クタナツ道場でアッカーマン先生に師事しておりますカース・ド・マーティンと申します。」

「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルでございます。」


かなり若い、いや見た目はフェルナンド先生の方が若いんだが。三十代前半かな? 身長体重とも平均的、顔の作りも平均的。道場生の中に混ざってしまったら判別できなくなってしまいそうだ。


「やあやあどうもどうも。フェルナンド師範から話は聞いているよ。レイモンド・リメジーです。師範から殿だなんて言われると参ってしまうよね。」


「今回無尽流うちからの出場者は彼を含めてニ十名ぐらいだ。十五歳以下の部にはもっと出るようだがね。」


それは見応えがありそうだな。一般の部は来週末なんだよな。それまで滞在するのもいいかもな。スティード君達を一旦送って帰ってもいいし。


「カース君なら大丈夫とは思うが、ルールは何でもアリだ。これはバレなければ本当に何をしても構わない。注意しておきたまえ。」


「押忍! ありがとうございます。本番までなるべく通うつもりですので、明日からもよろしくお願いいたします!」

「よろしくお願いいたします!」


つまりバレなければ人質や脅迫すらあり得るってことだな。敢えて禁止にしてないのか。当然バレたら通常通りの罰をくらうと。




さて、すっかり暗くなったがゼマティス家に到着した。みんな元気にしてるかな?


「おおおー! カースよく来たのぅ! 儂は嬉しいぞ! アレクサンドリーネ嬢もようこそ我が家へ!」


「こんばんはおじいちゃん。これはお土産です。」

「夜分に恐れ入ります。ゼマティス卿におかれましてはご壮健なようで何よりです。」


相変わらず孫ラブなおじいちゃんで嬉しいな。


「初めましてカース君。イザベルの兄、君の伯父のグレゴリウスだ。そしてこっちは長男のガスパール。」


「初めまして伯父様。しばらく厄介になります。」

「初めましてグレゴリウス様。アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルでございます。図々しくも来てしまいました。カース共々よろしくお願いいたします。」


ポーッと熱にうなされたような顔でこちらを見ているのは長男か。 伯父さんに促されて我に帰ったようだ。


「ぼ、僕はガスパール。魔法学院の一年生。武闘会には出場できないけど、魔法のことなら何でも聞いて欲しいな!」


彼の目にはアレクしか映ってないようだ。惚れっぽいのかな? 全くアレクは罪な女だぜ。

なおゼマティス家は指南役という立場上、このような大会への参加が禁止されている。たまには腕試しもしたいだろうに。さらに言えば王族も参加はしない。たまに身分を隠して参加するご落胤がいるとかいないとか。


「よく来たわねカース! とアレックスちゃん。」


「やあシャルロットお姉ちゃん。元気そうだね。」

「お世話になります、お姉様。」


前回お姉ちゃんはアレクに対抗意識を持っていたようだが、いつの間にか仲良くなっていた。アレクの高貴なオーラを前に敵対するより仲良くなることを選んだのだろうか。


それからワイワイと夕食は進み、ふいにおじいちゃんが。


「ところでカースや、首輪の具合はどうじゃ?」


「ありがとうございますおじいちゃん! すごく効きます! お願いしてよかったです!」


拘束隷属の首輪と同様にサウザンドミヅチの革でカバーしてあるのでオシャレに仕上がっている。しかも首の防御は万全だ。なお本番、魔法なし部門では特注でない方を付ける予定だ。


「ところでおじいちゃん。短距離転移を教えてもらえませんか? 前から気になってたんです。」


これは本当のことだ。母上から習ってもよかったけど、せっかく王都にまで来たのだからおじいちゃんに習いたいってものだ。


「ううーむ、短距離転移か……あれは難しいからのぉ。まあいい、この際じゃ。みんなにも教えてやろう。どうせ長い話になるからの。」


希望者は明日の夕食後、おじいちゃんの書斎に集まることになった。かなり楽しみだ。

『ふっ、後ろだ』とか『残像だ』とかできるようになるのだろうか。

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