第495話

パイロの日、私達は本日王都を発つ。

貴族学校に寄り道をするため朝食を食べる時間はない。


「おじいちゃん、おばあちゃん。今回は色々とありがとうございました! 王国一武闘会に出るから秋にはまた来ますね!」


「うむ、体に気をつけての。秋までうちに居ればよかろうに……」

「楽しみにしてるわ。次は宿なんて取らないでうちに泊まるのよ? コーちゃんとアレクサンドリーネさんもね。」


「はい! お世話になりました!」

「ピュイピュイ!」


「秋までに私だって強くなるんだから!」

「カース君またね。」


「シャルロットお姉ちゃんもアンリエットお姉さんもまたね。二ヶ月後かな。」


「じゃあカース君、これをイザベルさんに渡しておいてくれる?」


マルグリット伯母さんから手紙を預かった。おばあちゃんからもだ。何処からともなく姉上まで現れた。


「これは母上への手紙とみんなへのお土産ね。頼んだわよ。」


「うん、また秋に会おうね。姉上にもニコニコ商会から刺客が行くかも知れないけど元気でね。」


「今さらね。私の心配なんて十年早いわ。アレックスちゃんも元気でね。」


「はい! ありがとうございます!」

「ピュイピュイ」


おじいちゃんが悲しそうな顔をしている。名残は尽きないが出発しよう。おじいちゃんの強い勧めで馬車での出発となった。


みんなに見送られ門を出ると少し離れた所にこちらを伺う少年がいる。こんな朝からどうした? 闇ギルドの人間にしては身なりが良すぎる……あ、よく見たらパスカル君だ。


「久しぶりだね。取り敢えず乗ってよ。どうせ貴族学校まで行くからね。」


「カース君、久しぶり。アレクサンドリーネ様もお久しぶりです。本家の件は大変でしたね。」


「久しぶりね。元気そうでよかったわ。本家のことは全然気にしてないわ。」


「ベレンガリアさんへの手紙かい? ゼマティス家に届いてないから返事はないのかと思ったよ。」


これで一安心だ。ベレンガリアさんも喜ぶだろう。


「それなんだけど……僕からのだけなんだ。父上は姉上からの手紙を読んで、やっぱり勘当は解かん!って怒っちゃって。」


何を書いたか知らないが、事実をそのまま書けばそりゃ怒るよな。自分の息子を殺した男で元平民、そんな下級貴族のメイドになるなんて。しかも上級貴族なのに。どう考えても頭がおかしい。


「ところでソル、ソルダーヌは元気にしてる? パスカル君も同じ貴族学校なのよね?」


「はい、ソルダーヌ様はお元気ですよ。貴族学校は色々と派閥があって大変みたいですよ。」


パスカル君からは他人事なのか?


「どんな派閥があるの? パスカル君には関係ないの?」


「関係なくはないんだけど気楽な立場だからね。ソルダーヌ様を中心とした辺境派、アレクサンドル派、アジャーニ派、アベカシス派、アリョマリー派、色々だよ。僕は法服貴族派、上級貴族ばかりだけど力の弱いグループだから気楽ってわけ。」


確か建国時からの名門貴族がアレクサンドル家、アベカシス家、アリョマリー家。通称トライAなんて呼ばれている。それが近年アジャーニ家の台頭でクワトロAなんて呼ばれつつあり、他の三家はかなり面白くないらしい。

ちなみに王族は学校に通わない。全ての学校のカリキュラムを家庭教師と共にこなす超スパルタ教育らしい。


「じゃあ僕はここで。カース君ありがとうね。アレクサンドリーネ様、失礼します。」


パスカル君は爽やかな顔をして行ってしまった。


「じゃあちょっと行ってくるわね。」


アレクは女子寮らしき場所へと入っていった。夏休み、貴族学生達は何をして過ごすものなのだろうか。




二十数分後、アレクが戻ってきた。


「お待たせ。ソルは部屋に居たわ。もっと早く来て! なんて言われちゃった。忘れてたものは仕方ないわよね。」


「仕方ないね。また秋に来れるしね。」


「ええ、そう言っておいたの。かなり羨ましがってたわ。気軽に行き来できるんだものね。カースのおかげよ。」


そんなこんなで王の海鮮亭まで馬車内でイチャイチャしながら移動した。私もだいぶ馬車に酔わなくなってきたものだ。


御者さんにお礼を言って店内に入る。セルジュ君もスティード君も来ていた。見送りのサンドラちゃんもだ。


「お待たせ。みんなは朝ご飯食べた?」


「食べてきたよ。」

「僕も。」

「私はまだよ。寝ずに来たんだから。」


サンドラちゃんは子供らしくないな。そんなハードに勉強しなくてもいいのに。


「じゃあここで食べていこうか。二人はコーヒーかデザートでもどう?」


「じゃあ遠慮なく。僕は甘いものが飲みたいかな。」

「僕はコーヒーをいただくよ。」


セルジュ君は甘いものばかり飲食してるからお腹が出てるんじゃないのか?

私達は普通に朝食を食べよう。朝から海鮮とは贅沢だ。コーちゃんも喜んでいる。「ピュイピュイ」


やはり美味しかった。次は泊まりはしないだろうがぜひ食べに来よう。チェックアウトなどは必要ないが女将さんに挨拶をしてから出発だ。

来た時と同じ東の城門を通りひたすら東へ歩く。ゴーイーストだな。三人はサンドラちゃんを挟んで手を繋いでいる。スティード君との身長差がすごいがセルジュ君との横幅差もすごいぞ。いいトリオだな。


やがて降り立った地点に到着した。三人とも名残惜しそうだ。少し待とう。




「カース君、今回も色々とありがとうね。また秋に元粒体の話を詳しく聞かせてよね。」


「あんまり詳しくないから少しだけね。あの教団には気をつけてね。」

「たくさん食べて大きくなってね。」


アレクは母親みたいだな。でも確かに栄養状態が心配だよな。秋もまた食材をたくさん持って来よう。珍しくコーちゃんがサンドラちゃんの首に巻きついて頰にチュッチュしている。可愛いよなぁ。


「コーちゃんが祝福するって。たぶんしばらく幸運かも。」


「あら、それはありがたいわね。フォーチュンスネイクから祝福してもらえるなんてね。ありがとうコーちゃん。」

「ピュイピュイー」


「じゃあまたね。」


それぞれサンドラちゃんに別れを告げ、そしてボードは飛び立った。ちなみに特注の首輪は付けていない、危ないからね。帰りは少し遠回り、東回りで帰ろう。まずは真東、城塞都市ラフォートを目指す。そこから北上すればムリーマ山脈の東側を抜けてフランティアだ。




みんなでおしゃべりをしてたらもうラフォート上空だ。懐かしいなぁ、ここでスパラッシュさんとヤコビニを捕まえたんだよな。もうすぐ三年になるのか。


ちなみにスパラッシュさんの墓参りは年に一回、命日前後に行っている。お墓自体は無傷だけど周辺は荒れ放題、廃村だもんな。しかし現在の私は城壁作りのノウハウを手に入れている。そのうちルイネス村を丸ごと更地にして城壁で囲ってくれよう。


さあ、もうムリーマ山脈の東を過ぎたぞ。ここから北西に行けばフランティア領都だ。大回りした割には二時間ぐらいしか経ってない。最短ルートなら一時間とかからないだろう。


今回は領都の北に着陸。こっちの方が自宅に近いってだけだが。


「カース君、ありがとう。すごい体験をさせてもらったね。学校で自慢しようかな。何人が信じるか分からないけど。」

「僕もだよ。証拠と言われたらお土産を出すよ。普通は二週間で王都まで往復するなんて無理だよ。」


「楽しんでもらえてよかったよ。秋にも行くけど、そこは休めないね。そのうちまた行こうね。」

「私も楽しかったわ。またね!」

「ピュイピュイ」


北の城門から領都入りした辺りで解散した。夏休みも残り半分か……




「ただいまー。」

「ただ今帰ったわ。」

「ピュイピュイ」


「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです。」


今日はパイロの日だからマーリンは居る。今日のところは領都での細かい用事を済ませて、明日の朝から楽園エデンに向かおう。とりあえず昼まではゆっくりしようかな。マーリンの淹れてくれた紅茶は美味しい。はぁ、落ち着くなぁ。

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