第462話

サラスヴァの日。前世で言えば金曜日。

本日の昼に私とフェルナンド先生は領都に行く。昨夜は先生もうちに泊まっていたようだ。


「おはようございます。昼ご飯を食べたら出発しましょうか。それからあっちでの宿ですけど、よかったら我が家にお泊りいただけないですか?」


「カース君の家かい? 興味深いな。ありがたく厄介になるとするよ。」


「ありがとうございます! 先生に泊まっていただけるなんて嬉しいです!」

「ピュイピュイ!」


ふふ、コーちゃんも喜んでる。


「おはよう。そうよねー、カース君は領都にもお家があるのよね。すごいわねー。」


「ベレンガリアさんもおはよ。運良くタダで手に入れたんだよ。領都に来たら泊まって行ってね。」


連れて行くとは言わないぞ。自力で来てくれ。


それから先生は出かけて行った。もちろん昼には戻るだろう。それまで何をしてようかな。卵の世話なんてもう飽きたし。だいぶ魔力を注いでやったんだよな。いい加減さっさと出てこーい。




結局自室で寝転んで本を読んでただけだった。そうこうしているうちに昼食が済んだ。


「じゃあカース、これ手紙ね。六通あるから間違えないでね。そしてこれが私の実家の地図よ。みんなによろしくね。」


手紙はウリエン兄上、エリザベス姉上、まだ見ぬ祖父、祖母、伯父、伯父の妻宛だった。地図は見てもよく分からない。現地で聞けばいいだろう。それに先生は王都に詳しそうだし。


「分かった。お祖父様達に会うのって初めてだから楽しみだよ。魔法を教えてくれるかな?」


「かも知れないわね。父上は厳しいけどきっと孫バカだし、おねだりしてみなさい。」


やっぱ孫には甘いのか。あれ買ってこれ買ってとおねだりもできるかな。


「あの、カース君、これもお願いできないかな……両親と弟に……」


そうか、ベレンガリアさんの家族は王都に帰ってしまっているんだもんな。


「いいよ。場所は分からないんだよね? 適当に探してみるよ。上級貴族なんだし、きっとすぐ見つかるよね。」


「手間をかけてごめんなさい。私って勘当されてはいるけど……」


考えてみればベレンガリアさんも変わった生き方をしているよな。上級貴族なのに勘当されて冒険者なんかやって。しかもうちの父上に兄を殺されてるのに何故ここにいるのやら。母上も気にした様子もなく使っているし。


それから珍しく城門まで馬車で送ってくれた。私と先生、そして母上は車内、御者はベレンガリアさんだ。


「フェルナンド様、またのお越しを楽しみにお待ちしております。カースが帰ってくるのは一ヶ月後ぐらいかしらね。無事で帰ってくるのよ。」


「私も楽しみにしております。アランの奴にもよろしくお伝えください。」


「別荘を楽しみにしておいてね。周りは何もないけど。」


ベレンガリアさんがこっそり耳元で

「もし……貰えるようだったら返事を……」


「もちろんだよ。ベレンガリアさんが寂しがってると伝えておくね!」


「ありがとう……」


普段は元気なベレンガリアさんが今日はえらくしおらしいな。里心が出てしまったのかな。


「じゃあ行ってきます!」

「また会いましょう。」

「ピュイピュイ」


「「行ってらっしゃい。」」


雲一つない空。普段何気なく飛び回っているが、先生を乗せているとなると緊張するな。でも先生ならこの速さで上空から落ちても無傷なんじゃないだろうか。


「この速さだと領都まで何時間だい?」


「一時間ぐらいですね。もっと速くもできますが、そこまで変わらないんですよ。」


「はははっ、本当に笑えるじゃないか。以前カース君がグリードグラス草原を焼き払った時も歩きやすさに笑えたものだ。最近は再び草の魔物に悩まされているようだがね。」


そうなのか。最近バランタウンには寄ったが、草原の街には寄ってないもんな。私が置いたプールはどうなったんだろう? すっかり回収するのを忘れて置きっぱなしになってるんだよな。邪魔とは聞いてないので放ってこおう。寄付だな。




もう到着。いつもの事務的な騎士に先生を紹介しておく。少し驚いていたようだ。当然だよな。


「先に自宅にご案内しますね。僕は夕方前に出かけるもので。」


「いいとも。私も出かけるつもりだ。二、三日の滞在ではあるがギルドに顔を出しておかないとね。」


てくてく歩いて自宅に到着。マーリンはいるかな?


「ただいまー。」

「ピュイピュイ」


「おかえりなさいませ坊ちゃん。まあ、お客様ですね! 私、当家のメイドをしておりますマーリン・ヤグモールでございます。ようこそお越しくださいました。」


「二、三日ご厄介になる。フェルナンド・モンタギューと申す。」


「こちらは僕の恩師。その名も高き剣鬼様だよ。じゃあマーリン、先生の部屋をお願いね。夕食は四人前ね。」


「かしこまりました。」


「ありがとう。では私は出かけてくるよ。」


「いってらっしゃい!」

「ピュイー」

「いってらっしゃいませ。」


先生と一緒にギルドに行ってみたい気もするが、虎の威を借る狐みたいでカッコ悪いからな。でも先生が周りからどう扱われるのか気になるなぁ。よし、行ってみよう。これも勉強ってことで。




「先生ー! やっぱり僕も行きまーす!」

「ピュイピュイー」


「いいとも。一緒に行こうか。」


魔境でもそうだったけど、先生と歩くと妙に誇り高い気持ちになるんだよな。これこそ間違いなく虎の威を借る狐根性だな。気を付けないと。




先生ほどになると、入口から中に入るだけで絵になる。そりゃあ視線も集まるってもんだ。誰も私など見ていない。


先生はそのまま受付に向かいギルドカードを提出し、何やら話している。




「待たせたね。次は倉庫に行くよ。」


「はい。受付では何をされてたんですか?」


「私宛に何か連絡が来てないか確認したのさ。それから倉庫に納品の手続きかな。」


そうだった。ギルドにはそんなサービスもあるんだよな。私のような低級者はまず使わないけど、先生に連絡したければギルドに伝言を頼めばいいのだ。でも先生って大抵魔境をうろついているよな? 連絡できないじゃん!



倉庫では改めて先生の凄さを実感することになった。巨大な魔物だったであろう未知の素材の数々。私と違って先生はきちんと解体まで済ませているではないか。


「カース君、なるべく解体も自分でやった方がいい。そうすればどこを切ればいいのかが自然と身に着くのだから。生きてる魔物を斬るのも死んだ魔物を切るのも大差ないことに気付くだろう。」


「押忍! ありがとうございます!」


私が解体を全然しないことまでバレてるのか……


「相変わらず凄い獲物の数々ですね。感服しますよ。」


私は職員にそんなこと言われた試しがない。さすが先生!


「全て買取だ。いつも通り入金しておいてくれ。」


「承知いたしました。いつもありがとうございます。」


「せっかく来たんだ。軽く体を動かしておこう。訓練場に行こうか。」


「押忍! ありがとうございます!」


「期待させて悪いが、今日は私の稽古に付き合ってもらうよ。たまにはいいだろう?」


「押忍! もちろんです!」


おお、どんな稽古をするんだ? 私で役に立てるのか?


「先日魔境で、いやエデンだったな。あそこでカース君が魔法を撃ってくれた中に一際速いのがあったよね? あれを撃って欲しいんだ。」


「ああ、狙撃スナイプですね。分かりました。」


一応他所に飛んで行かないように先生の後方に水壁を張っておこう。


「じゃあ行きます。」『狙撃』


当然のように先生によって叩き落とされた。今日は剣ではなく断面が八角形、長さが二メイル程度の木製の棒だ。岩をも貫く私の狙撃が……


「やはりとんでもなく速いな。どんどん頼むよ。」


「押忍!」


それから三十分ほど撃ちまくりだった。二発三発同時に撃ったり、緩急をつけてみたりしたがやはり全て叩き落とされた。

威力を落として百発ぐらい同時に撃ってみたら、空中に飛び上がって避けられた。

ならばその空中に向かってもう百発、範囲を広めに撃ってみたが棒を高速で回転させて全て防がれた。


「いい攻撃だ。そろそろ終わりにしよう。全力の一発をお願いできるかい?」


「押忍!」


ならばこれしかない!

唸れミスリルの弾丸!


『徹甲魔弾』


「ぬっ!」


スピードは通常狙撃の二倍以上! 弾丸は直径八センチのミスリル製徹甲弾。先端は球状になっているため貫通性能には優れておらずダメージ重視に仕上げてある。その結果……




先生の姿が見えない。弾は地面深くめり込んだようでモクモクと砂埃を巻き上げている。きっと先生は他に被害が出ないように下に往なしたのだろう。


「お見事。いい速さだった。これを見てごらん。」


棒が真っ二つに折れていた。残念ながら先生にダメージはないようだ。


「この鍛錬棒はね、エビルヒュージトレント製だよ。私の未熟さを露呈してしまったが、すごい攻撃だった。ご褒美に半分になったこいつをプレゼントだ。」


「押忍! ありがとうございます!」


これは二重に嬉しい! エビルヒュージトレントをぶち折っただなんて! 私は先生の鉄壁の防御に土を付けたんだ! そしてまた新しい武器を手に入れてしまった。虎徹より短いが太さのせいで重さは二倍近い。素振り用にするのもアリだな。二本あるからもう一本は誰かににプレゼントかな。この断面で刺されたらヤバいぞー?

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