第441話

翌日、アグニの日。

私は先生に誘われ一緒にノワールフォレストの森を歩いていた。以前一人で歩いた時はとても心細かったものだが……まあコーちゃんもいたけど。先生と一緒なら悠々と歩けてしまう。


「さて、ここでカース君にプレゼントがある。この剣だ、エビルヒュージトレントの木刀とは比べ物にならない安物だがね。」


「押忍! ありがとうございます。」


「これで斬って欲しいものがある。あの木だ。」


先生が指差したのは直径一メイル程度のまっすぐな木、高さは十五メイルぐらいだろうか。


「まずは見本を見せよう。」


そう言って先生は無造作に木に近づき何気なく剣を振るった。木は先生の肩の高さで水平に斬られた……なのに倒れてこない。


「さて、今私が斬った所より下を水平に斬るんだ。昨日の心眼と合わせてこの二つができるようになれば無尽流の上級者と言える。私はそこら辺をブラついているから頑張りたまえ。」


「押忍!」


よーし、燃えてきた! この剣でこれができればミスリルギロチンに近い威力の剣を振るえることになる!







全然切れない……






表面の皮部分にたくさん傷はつくが、その下まで刃が入っていかない。私が非力なことも一因かも知れないが、先生との腕の差がありありと分かってしまった。







「苦戦しているようだね。お昼にしようか。」


「先生……」

「ピュイ」




先生の作る料理は美味しかった。何というか活力が漲る、そんな味なのだ。


「さて、この稽古が心眼とどう関係があるのか話しておこう。心眼の極意は、見えないものを斬ること。これはアッカーマン先生も私も極めていない。私はまだ未熟なのだ。それはともかく、朝方私が木を斬ったね? あれは実のところ隙間を通したと言う方が正しい。ある魔法工学博士が言うには、物体とは小さな粒の集まりだそうだ。その隙間を通せば何でも切断できる道理だと。」


「お、押忍。」


マジかよ。原子や分子の存在に気づいた奴がいるのか。とんでもないな。


「つまり心眼の極意とは、その粒を見切ること。そしてその間を通すことなのだ。」


なんだそれ! できるかぁー!

できるんだろうなぁ、先生はやったもんな……


「もちろん肉眼で見えるはずもない。それ故の心眼なのだ。暗闇で斬ることなどただの副次的な効果にしか過ぎないってわけさ。」


なんてこった……

そんなに奥が深かったのか……

そんなのどうやったら感じ取れるんだ?

電子顕微鏡並みの視力がいるのか?


「もちろん一朝一夕にできるはずもない。今回それを伝えたのはカース君の成長のためだ。今後の修行の糧にして欲しい。」


「押忍! ありがとうございます!」


偶然会っただけなのに、ここまでのことを教えてくれるなんて。先生の優しさが身に染みる。マジで私は一体何光持っているんだ? 七十光ぐらいありそうだな。ありがたいことだ。


昼からも私は続けた。先生は再びどこかに行ってしまった。

薄暗くなるまで無心で剣を振るっていた。やはり変わりはない。心眼の稽古と合わせて今後も継続だな。これだけ木を斬りつけたのに、この剣は刃こぼれ一つしていない。本当に安物なのか? ありがたく頂いておこう。





そして夕食。

またまた先生が料理をしてくれた。

刻んだ肉と野菜をミスリルギロチンの上で豪快に焼く! 香ばしい匂いが食欲を唆る。

コーちゃんとカムイは先を争うように食べている。直に食べると熱いだろうに器用に食べている。やはり私も箸が止まらない。

冒険者の等級と料理の腕は比例する。これを新たなあるあると認定しよう。きっと間違いない。


食後は昨夜と同じ。暗闇で小石を感じる稽古をつけてもらった。昨日より多少はマシだった。


「今後、一人稽古の際はこの剣を使いなさい。小石でも何でもいいから斬る感覚を身につけておくことが大事なんだ。エビルヒュージトレントの木刀だと斬る必要がないからね。」


「押忍!」


考えてみれば、真剣で魔物を斬ったことなんかないもんな。先生から見たらよく分かるんだろう。だから剣もプレゼントしてくれた上にアドバイスまで。また泣きそうになってきた。


「ところで先生、昼間にご自分のことを未熟って……あれはどの辺りがそうなんですか?」


話題を変えてみた。


「ははは、そんなことかい。簡単だよ、まだまだ斬れないものがたくさんあるからだよ。」


「たくさんですか!?」


「知ってるだろう? エルダーエボニーエントだってその一つさ。最近ようやく太めの枝程度なら斬れるようになったけどね。」


「ええっ!? じゃあ先生に頂いたこの籠手も斬れるってことですか!?」


「カース君が動かなければ、ね。だから私は未熟なのさ。」


はああ、すごいな。どこまで強くなるんだろう。絶対勇者より強いよな?


「先生、ドラゴンは斬ったことありますか? エルダーエボニーエントがドラゴンと同等の素材って聞いたもんで。」


「ないよ。出会ったことはあるんだがね。その昔、ドラゴンを求めてムリーマ山脈を探し回ったんだ。中心部よりやや西側の峻険な岩場だったかな、鮮やかな赤いドラゴンがいたんだ。」


おおおっ! すごい! やはりムリーマ山脈にはドラゴンがいるのか!


先生によると……


ドラゴンの身の丈は屈んだ状態で十メイルほど。その爪はそこら辺の岩をバターのように切り裂き、その牙と顎は木々をビスケットのように噛み砕いた。そして鱗は先生でも斬ることができなかった。

戦い続けること一昼夜、ドラゴンは空中からのブレス攻撃以外してこなくなり、防戦一方となった。周辺は火の海、地獄絵図だった。

やがてブレスを吐けなくなったであろうドラゴンがどこかに行ってしまい引き分けに終わった。今から二十数年前の話だそうだ。


この話を聞くうちに意外な事実が判明した。

なんと先生は『飛斬』『飛突』などの遠距離攻撃が一切使えないらしい。初級魔法や下級魔法はある程度使えるらしいが、とても攻撃に使えるレベルではないとか。大物と戦う時は決まって『身体強化』と『硬化』を使うそうだ。ただ魔力は高いので魔力庫はかなり大きく便利な設定だと。


凄過ぎる……どれに驚いていいか分からん……

一撃くらったら終わってしまうドラゴンと丸一日以上戦い続けたってことはその間避け続けたってことだよな。防御も不可能だろうし。


あれ? ならばキュウビキマイラに勝った勇者ムラサキの方が先生より強いのか? そこら辺のドラゴンよりキュウビキマイラの方が強いはず……

いやいや二十年以上も前の話だし、今ならきっと先生が勝つに違いない。


先生は他にもたくさん話を聞かせてくれた。あまりにも寝るのが惜しい、そんな夜だった。

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