第392話

三十分経過。完成目前だ。再び会場の注目が戻ってきた。


ここで緞帳が降りる。完成まで焦らす作戦か。


「アレク! 大丈夫!? 熱くない?」


「ええ、大丈夫よ。カースのおかげで涼しかったわ。それよりいきなり舞台に呼ぶなんて驚いたわよ。」


「俺の心配もしてくれよ。大事な仕上げしてんだからよー。」


「がんばれ!」

「頑張ってください。」

「ピュピュピュイ!」


私だって魔力が残り半分を切ってるんだぞ。さすがにミスリルが多過ぎる。アレクだって体調が悪い中、よくポーズをキープしてくれてるものだ。


そして五分後。


「完成だ! 緞帳を上げてくれ!」


顔をびっしょりにしたダミアンが叫ぶ。水か汗か分からない。私は舞台袖に引っ込んでローブを脱ぎ、何食わぬ顔で会場に姿を現わす。

そしてゆっくり緞帳が上がる。演奏が変わった! ダミアンを讃えるかのような荘厳な曲が流れる。


幕が上がりきったので、金操でアレク像をゆっくり会場一周、それから中央に下ろす。


誰も声を発しない。剣や鎧に加工するだけで一苦労のミスリルをここまで精密に彫刻したんだ。前代未聞だろう。それにモデルがアレク、領都の社交界、貴族の子供世代に限るが華と言える存在だ。それが凛々しさをたたえ幸運の象徴と絡み合っているのだ。国に二つと無いお宝だろう。我が家の玄関のど真ん中に飾ろう! いいよな?


沈黙から数分後、どこからともなく拍手が湧き上がり会場を称賛の渦が席巻した。それに合わせて演奏も『勝利の凱旋』といった雰囲気だ。アレクもダミアンも大勢に取り囲まれ賞賛を浴びている。逃げててよかった。


観客には悪いがそろそろ帰ろう。アレクの顔色がますます悪くなっている。コーちゃんはすでに私の首に巻きついている。いつの間に?


でもどうやって連れ出そう……

堂々と行くか。


「アレク、帰るよ。」


アレクを囲む輪の中に入り込み手を取る。


「ええ、さすがに疲れたわ。帰りましょう。では皆様ご機嫌よう。」


「待ちたまえ! 君は彼女が誰だか分かってるのかい?」

「君ごときが口をきいていい相手じゃないよ」

「身の程を知りたまえ」


無視して行こうとしたら囲まれた。当然か。


「待ちたまえと言っているんだ!」


「私は帰りたいのです。そこを通していただけますか?」


体調が悪いのに凛々しいアレク。頼りになるなぁ。本人の口から言われてしまってはさすがの貴族達もぐうの音も出ないようだ。すんなり通してくれた。刺すような視線は感じるが魔力は感じない。アレク像は明日取りに来よう。ダミアンにしては珍しく私に声をかけてくることもなく、すんなり帰れそうだ。


今夜は馬車を待たせてあるので、早く乗り込もう。



もうすぐ我が家だからね。あと少しがんばるんだ。


「もうすぐ着くからね。帰ったらこのまま寝るかい? それともお風呂にする?」


「お風呂に入りたいわ。カースには悪いけど一人で入るわね。」


「うーん、それはいいんだけど……治療院に行かない? さすがに心配になるよ?」


「行っても意味がないわ。たぶん貧血だから。ゆっくり休めば治るわ。」


貧血か……魔力がどんなに高くても血を抜かれたら死んでしまうよな。私も気をつけなければ。そうなると、明日の朝食は……





アレクは風呂に入った。

「コーちゃん、アレクを頼むね。悪いんだけど風呂から寝るまで一緒にいてあげてくれる?」

「ピュイッ!」


さすがコーちゃん、頼もしい!

私は少し出かけるとしよう。部屋に書き置きを残しておいてと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る