第390話

普段は一緒に風呂に入るのだが、この日はアレクが別々に入りたがった。よって先に入ってもらった……な、なぜ……


私が風呂から上がり、準備を整える頃にはアレクも準備万端だった。おお、今日のドレスは落ち着いたワインレッドか。髪をアップしているためうなじが眩しい。しかし顔色が悪い……貧血?


「アレク、疲れてるんじゃない? 行くのやめない?」


「そんなことないわよ? カースと踊るのが楽しみなんだから。」


「うーん、それならいいんだけど。無理したらだめだよ。余興が終わったらすぐ帰ろうね。」




そしていつも通り馬車に乗り、辺境伯邸へ到着する。さすがに近付くと混雑してきた。しかし途中で降りるわけにもいかない。面倒でも正門前まで馬車で行かなければいけない。


そして今日はコーちゃんを堂々と連れている。辺境伯邸なので今更隠す必要がないことと、アレクが心配だから用心のためだ。「ピュイピュイ」


「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。今宵は楽しんでいかれますよう。」


「あら、セバスティアーノさん。お久しぶりね。ソルは元気にしてるかしら?」


「アレクサンドリーネ様、カース様。そしてコーちゃんもお久しぶりでございます。ソルダーヌ様はお元気でいらっしゃいますよ。」


「ピュイピュイ」

「どうも。お邪魔いたします。ダミアンから聞かれてますか? 余興のこと。」


「ええ、聞いております。私も大変楽しみにしております。準備万端だそうですよ。」


無事にミスリルを用意できたようだ。ミスリル製アレク像か……楽しみだ。


「じゃあまずは何か食べようか? アレク、食欲は?」


「うーん、あんまり無いわ。何か果物のジュースでも飲みたいかな。」


「飲み物は……あそこかな。ペイチの実はあるかなー。」


あった! さすが辺境伯のパーティー! 果汁百パーとはいかないようだが美味しい!


「まずはえらい人に挨拶に行った方がいいの?」


「本当は主催者の辺境伯閣下にご挨拶しないといけないんだけど、あれじゃあ無理ね。多分ないと思うけど、もしも列が途切れたら私達も行きましょ。」


遠くに見えるのが辺境伯夫妻か。やはりオーラがすごい。辺境を拓いた英雄の正当な後継者か……


よく見たら行列を集めている貴族は他にもいる。きっと長男とか次男とかなんだろうな。


「アレクは他に挨拶に行かなきゃいけなかったりする?」


「アナクレイル兄様のところのご当主にご挨拶しておくべきなんでしょうけど、どうせ顔を出せないでしょうし、奥様もまだ捕まったままらしいし。」


「なるほど、じゃあ気楽に過ごそうね。もっと隅に行こうよ。」


そう思っていたらアレクに挨拶をするべく取り囲まれていた……いつのまに。


「アレクサンドリーネ様。貴女ほどの方ならきっとこのパーティーに参加されていると思ってました。ぜひ一曲お付き合いを。」


「一曲は無理だわ。三分だけね。ごめんねカース。少し行ってくるわね。」


「うん、気をつけてね。無理しちゃだめだよ。」


今日のパーティーは踊らないとだめだって話だったしな。何人かとは踊らないといけないんだろうな。みんな優雅に踊ってるなぁ。楽団の規模もすごい、いつかの伯爵家での楽団の三倍はいる。音が重厚で体に響くかのようだ。


「おいおいなんだこいつは?」

「礼服も買えない貧乏人か?」

「田舎者が無理して王都の流行りを追っかけてるんだろ?」

「ギャハハハ! 変な蛇も連れてるし!」


これは絡まれてるのか? アレクが踊りに行って二十秒も経ってないぞ。こんな時はどう対応するのが正解なんだ? アレク助けて!


「おいおい何とか言えよ?」

「僕らが貴族だからって気にしなくていいんだぜ、下級貴族君?」

「そうそう年も近いんだから仲良くしようぜ貧乏君?」

「ギャハハハ! 君たち正直過ぎるよ!」


面倒くせー! この前の女の子もそうだけど領都の貴族って目が節穴だよな。白金貨十枚用意されてもこの服一式は売れないぞ。物を知らん奴らだなー。コーちゃんは無反応だ。


「お前ら名前は? 名乗っていいぞ。」


私は名乗らないけど。


「おいおい何対等な口きいてんだ?」

「下級貴族なりに頑張っちゃったのかなー?」

「精一杯カッコつけたんだろー? 誰か名乗ってやれよ?」

「ギャハハハ! 僕は嫌だよ!」


何とか言えって言ったくせに。


「名乗らねーんなら行くぞ。お前らひまなんだな。挨拶行っとけよ。」


「おいおいとっくに行ったに決まってんだろー?」

「お前と違って俺らはドニデニス様に挨拶できる身分だぜ?」

「挨拶行っとけよーだってよ! お前が行けよ!」

「ギャハハハ! 田舎者に無理言うなよー!」


ドニデニスって誰だ?

あ、アレクが戻ってきた。


「おかえり。大丈夫だった? 疲れてない?」


「お待たせ。大丈夫よ。心配しすぎよ? ところでこの子達は?」


「よく分からない。早口で何か言ってるんだけど、四人同時に喋るもんだから聞き取れなくてね。」


「そう、私のカースに何か? ゆっくり喋ってね。」


「ア、アレクサンドリーネ様……この者とお知り合いで……?」


まさかこいつら……私とアレクの関係も知らずに絡んできたのか?


「この者? 私の最愛のカースが?」


アレクが上級貴族オーラを全開にしている。なんて頼もしい! ああっ女神様! でも顔色は悪い。


「アレクサンドリーネ様ほどの方がなぜこのような下級貴族と……」

「週末だけの火遊びって話じゃあ……」

「それがこのパーティーに連れて来たってことは……」

「こんな礼服も着れない田舎者と……」


「はぁ、貴方達は貴族学校の三年生よね。クタナツを舐めてたらいつまで経っても首席を獲れないわよ? 恥ずかしくないの?」


貴族学校の首席? どういうことだ?

こいつら悔しそうな顔をしてるが反論がなさそうだ。

それにしてもこいつらの盆暗っぷりに反論が追いつかない。どこから反論すればいいんだ?


「三年の首席はセルジュ君よ。私はクタナツ生まれじゃないけど、同じクタナツ育ちとして彼を誇らしく思うわ。」


「すごい! セルジュ君は首席なの!? 頑張ってるんだね!」


これはいい話を聞いたぞ! スティード君もきっと頑張ってるに違いない!


「だから私も負けられないのよね。ようやく首席になれてセルジュ君に追いついたわ。」


きっと相当ハードに頑張ったんだろうな。だから体調を崩していたのか? しかしこれ以上ポーションを飲ませるわけにはいかない。自然回復を待つしかないか……


「ところでアレク、ドニデニスって知ってる? こいつらのボスなんだって。」


「ドニデニス様? ダミアン様の弟、辺境伯家の四男よ。」


あのダメ四男か!


「ぷぷっ、お前らツイてないな。ドニデニスに言っとけ。こんな格好の子供と揉めてもいいですか? ケツ持ってくれますか? ってよ。」


ムカついたからこれぐらい言ってもいいだろう。言うだけだし。


「くっ、ドニデニス様にそんな口を!」

「覚えておけよ!」

「絶対言ってやるからな!」

「領都でアレクサンドリーネ様に助けてもらえると思うなよ!」


一般的な小物らしく奴らは去って行った。結局何しに来たんだ?


「さあアレク、一曲だけ僕と踊ってもらえる?」


「もう、一曲だけじゃ嫌よ。本当に心配しすぎなんだから!」


優雅なアレクと優雅さとは程遠い私。楽しく踊れたらそれでいいや。クイッククイック、スロースロー。アレクの動きを参考に好き勝手に動くとしよう。


あっと言う間の一曲だった。


「いい曲だったね。少し休憩したらまた踊ろうか。」


「ええ、踊りたいわ。私も休憩したいわ。何か飲みましょう。」


コーちゃんは何を飲みたい?



曲が止まった。誰かが舞台に上がっている。辺境伯夫妻の挨拶かな。


「皆の者! 本日は辺境開拓記念パーティーによく来てくれた! 本日この日は初代辺境伯がこの場所に街を築いた記念すべき日だ! 二年前よりクタナツでは草原の街の開拓が盛り上がっている。まだまだ魔境は広大だ! 人知の及ぶところではないかも知れない。それでもみんな! 今日という日、そして辺境精神フランティアスピリットを忘れないで欲しい! それを忘れてしまったらこの地に生きる意味がない。諸君の奮闘に期待をしている。今日は楽しんでくれ! 乾杯!」


パーティーの挨拶ってより戦の前の演説っぽかった。辺境伯はアレクパパのような屈強さはないが刃物のような鋭い雰囲気を感じる。クタナツ代官を老成させてイケメンレベルを下げた感じだろうか。


再び曲の演奏が始まり、ダンスも再開される。


「カース、踊るわよ!」


「よし! 踊ろう!」


相変わらず顔色は悪いが声は元気だ。アレクが踊りたいなら喜んで。余興の時間はまだか?

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