第379話

相変わらず馴れ馴れしく声をかけてくるダミアン。


「ようカース、久しぶりだな。領都に来てんなら顔出せよ。」


「久しぶり。誰が辺境伯家なんか行くかよ。」


「相変わらず無茶やってんなぁ? ナユートフ教官をボコったらしいじゃねーか。」


「まあ、成り行きで。それよりなんでこんなとこに来てんだよ? ヒマなのか?」


「いや、それがよ、さっきアレックスちゃんが来てな。カースが騎士団詰所で暴れないか心配だって言うからよ。オメーにまた領都で暴れられると困るわけよ。」


おお、アレクは私を心配してわざわざこんな奴に頭を下げて呼んでくれたのか。愛を感じる、嬉しいぜ。


「ふーん、それは手間をかけさせて悪かった。せっかくだ、昼飯行くか? 奢るわ。」


「意外に殊勝なことを言うもんだな。遠慮なく奢ってもらうぜ。オメーにはたっぷり利子で儲けさせてやったからな。それぐらいいいよな。」


こうして私達奇妙な二人組はギルド付近の焼肉屋に行くことにした。私の奢りなんだから店は私が選ぶのだ。


「好きに飲んでいいぞ。どんな酒が置いてあるのか知らんけど。」


「おお、遠慮なく飲むわ。マスター! ラガーを頼む!」


焼肉にビールか。羨ましい組み合わせだ。私は麦茶を頼む。これが意外に高い。



やはり不思議なことに私達は気が合うらしく、久々の再会にもかかわらず話が弾んでしまう。一部始終状況は説明しておいた。アジャーニ家ですら代官みたいな優秀な人もいれば、殺し屋を雇って自爆する奴もいるもんな。ならば辺境伯の長男、二男はどうなんだろう? 優秀なんだろうか。興味はないから聞かないけど。


時刻は三時ぐらいか。昨日アレクがパーティーが何とか言ってた気がするから、確認しておかねば。


「付いて来るのかよ。今から行くとこは魔法学校の寮だぞ?」


「いいじゃねーか。久々の再会だぜ? まだ帰るなよー。」


「じゃあ今夜の予定を確認したら遊びに行こうぜ。どこかでパーティーがあるらしいからさ。」


「へー、意外とそんなの出るんだな。」


意外は余計だ。


「たまたまこの前行ったパーティーが楽しくてな。ダンスが好きになってしまったのさ。」


「じゃあ来月のうちのパーティーも来いよ。盛大に踊れるぜ?」


「嫌に決まってんだろ。聞いてるぞ? 辺境伯も出席するお堅いパーティーだろ。誰が行くかよ。」


「なんだ知ってんのか。来てくれたら面白い余興を見せてやるぜ? あれからさらに腕を磨いたからよ。」


「まあ考えとくわ。いや、待てよ? ミスリルを彫刻できるか?」


ミスリルのアレク像を作ってもらおう。


「無茶言うな! できるわけねーだろ! そんな魔力なんざあるかよ!」


「魔力の問題か? それなら気にしなくていい。俺がミスリルに魔力を流すし、高温にして削りやすくしてやる。必要ならミスリルナイフも貸すし魔切、金切の魔法もかける。」


「そいつぁ面白そうだ。それならできるかも知んねーな。パーティー会場でそんな余興を見せたらどいつもこいつもぶったまげるぜ!」


「じゃあミスリルの塊を手に入れておいてくれよ。金は払う。金貨千五百枚分ぐらいあると助かるな。」


「いいぜぇ。その代わりパーティーには参加しろよ? 美味いもんを食わせてやるぜ。」


それは悪くないな。こいつレベルが美味いと言うんだから相当だろう。楽しみになってきた。



そうやって歩いているうちに魔法学校の寮に到着した。ほどなくアレクも出て来る。


「呼んでもらわなくていいのか?」


「あぁ、もう呼んだ。すぐ出て来るさ。」


いつの間にって不思議そうな顔をしてやがる。面白いからしばらく内緒にしておこう。発信の魔法は中々便利なのだ。


「カースおかえり。暴れなかったようね。」


「心配してくれてありがとね。こいつと焼肉食べてきちゃった。それで今夜なんだけどパーティーがあるとか言ってたけど、どうする?」


「カースさえよければ行こうと思ってるわ。この前のパーティーに出席しちゃったものだから誘いがすごくて。」


「分かった。なら夕方うちに迎えに帰ったらいいかな?」


「ええ、待ってるわね。ダミアン様もご足労ありがとうございました。」


「いいってことよ。久々にカースに会えたしな。じゃあ夕方までこいつを借りるぜ。」




それから私とダミアンは辻馬車を拾い移動する。少し遠くに行くらしい。


「で、どこに向かってんの?」


「遊びに行くんだろ? いいとこに連れてってやるぜ。」


「娼館はダメだからな。」


「かーっ、やっぱりガキだな。心配すんな。別の遊び場だ。」


私の童貞はアレクにとってあるから当然だ。でも娼館にはマリー並み、いやそれ以上のテクニシャンが揃ってるんだろうな。大きくなったら行ってみよう。


到着したのはいかにもスラムの入り口といった雰囲気の路地だった。


「ここからは歩きだ。ボディーガードは任せたぜ。」


子供に任せるな。まあ自動防御を広めに張るだけだが。密閉空間に野郎と二人ってのは嫌だな。


たむろする人々の目が怖い。あれが獲物を狙う目なのだろうか。こんな所に子供を連れてくるなよ。

十分少々歩いて怪しい、でも比較的まともな建物に到着した。


「入るぜ。ビビってんじゃねーだろうな?」


「ビ、ビビってねーし! 平気だし!」


子供の私にはきついぞ。


「旦那ぁ、ようこそ起こしくださいました。ですが、以前まえ借金あし返済しつめてもらわんことには回銭こまも回せませんぜ?」


どことなくスパラッシュさんを思い出す風貌だ。スパラッシュさんよりだいぶ小汚いけど。


「固いこと言うなよ。今日はダチも連れて来たんだからよ。」


「いくら? 立て替えてやろうか?」


「これはこれは。ご立派なお坊ちゃんで。金貨六十枚と銀貨五枚ですぜ。」


「はいこれ。」


「即金ですかい。さすが旦那のご友人ですな。どうぞお入りください。」


「さて、ダミアン? 分かってんな? これはお前の借金だ、約束だぜ?」


「おおっぉぁ、分かってるぜ。借りとくわ。」


借金があるってことはここは賭場か? こんなとこに子供を連れて来るなっつーの。

でも賭場は来たかったんだよなー。こいつと一緒なら身の危険もないだろう。イカサマは見破れなさそうだから気にしないってことで。


「どうよカース? 賭博の経験はあんのか?」


「あるわけねーだろ。お子様だぞ?」


「ふふふ、そうだろう。ここは俺様がお手本を見せてやるから後ろで勉強してな。こいつぁ手本引きってんだ。」


ほほう手本引きか。やったことはないが興味深いな。後でやらせてもらおう。

室内には十人程度の男達。昼から賭場に入り浸るなんてロクな奴じゃない。あ、私もか。


「入りました。張ってください」


あれがいわゆる『親』か。親が選んだ数字を張子が当てるゲームだ。一から六の数字を一択から四択で選ぶようだ。

親と張子の読み合いが醍醐味なのだろう。


ダミアンは銀貨五枚を三に一点張り、この賭け方をスイチと言うらしい。こんな賭け方をしてるから借金がかさむんじゃないのか?


「中も四! 四のない方は札をあげておくんなさい」


あちこちで金の受け渡しが行われている。みんな現金だ。当然だがダミアンからは全額が持っていかれる。


こうしてダミアンの負けが金貨五枚を超えた頃、

「どうだカース。オメーもやるか?」


「おう、やってみる。」


「すまねーな、一人入れてやってくれや。」


賭け方はだいたい分かった。四点張りで手堅くいこう。


「入りました。張ってください」


これまでの傾向から数字を推理するのが醍醐味なんだが、さっぱり分からない。だから一、二、三、四と賭けてみた。四だと当たっても二割損になる賭け方ではある。安張りと言うらしい。


「中も二! 二のない方は札をあげておくんなさい」


おお、やった! 二は六割得になる所だ。初めての賭場で初勝利。ビギナーズラックってやつだな。ちなみに賭け金は金貨一枚だ。

ダミアンは銀貨三枚をスイチの一点張り。もちろん負けていた。


こうして勝負を重ねること十数回、ついにダミアンが。

「おいカース、金貸してくれ。」


「いいけどさ、ここの胴元に借りた方が安いんじゃないのか?」


「そりゃまあそうなんだが……な? な? 貸してくれよぉ〜。」


こいつはダメな大人か…… あぁ放蕩息子だったな。まあこいつなら取りっぱぐれることもないだろうし、いくらでも貸すぜー。


「ほれ、金貨百枚。これだけあればちっとはマシだろ。いつも通りの約束だぜ? 俺はそろそろ行くぜ。アレクが待ってるからな。」


「おおっくっ。借りとくぜ。ダチにも容赦なく契約魔法かけるんだからよー。じゃあまたな。」


来た道を一人で帰るのは少し不安だが、多分迷うこともないだろう。ちなみに金貨四枚ほど勝った。




「おいおい何か匂うぜ?」

「おお、くせーな!」

「こんなとこで腐れ貴族の匂いがするなぁ?」

「おおっと、ひょっとしてあのガキじゃねーか?」

「はいはーい貴族の坊ちゃんがこんなとこを歩いてはいけませんねー」

「危ないから僕たちが守ってあげないとねー」

「守り代は金貨十枚でいいぜー」

「早く出しなー」


『麻痺』


スラム名物大勢によるカツアゲか。

話が長そうだったので麻痺で終わりだ。こうやって放置しとけば他の住人が金を抜いたりするだろう。金だけで済むかは知らない。可哀想に。


こんなことがスラムを出るまでにもう二回あった。手本引きは面白かったけど、もう二度と来ないだろうな。さあ、アレクを迎えに行こう。

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