第377話

「何事ですか!? ナユートフ先生がなぜこんな目に!?」


アレクが連れて来たのは豪腕婦長といった雰囲気の中年女性だった。


「そんなことより早く治療してあげてください。 かなり危なそうですよ?」


「アレクサンドルさんには後で詳しく事情を聞かないといけませんね。手伝ってください。魔法を使う前に骨を正しい位置に動かします!」


おおすごい! 胴体の傷口に手を突っ込んだり、足から骨を抜き取ったり。とても治療には見えないが治療なのだろう。


他の先生方も集まってきて治療が進んでいるようだ。事情はアレクの口から説明されている。それでもこれだけの人数を一気に退学とかの処分にはできないだろう。どうなることやら。


私とアレクは別々に事情を聞かれた。口裏など合わせるまでもなく、それぞれが同じ事実を語ったことだろう。目を覚ました取り巻き達や兄ちゃんは何て言うんだろうな。

卑怯な手を使われて先生が負けた。そして無抵抗な二十人に理不尽な暴力を振るった、とか?


この先生もよく子供のケンカに出ようと思ったな。報酬がよかったのか?




やがて騎士団も現れて事情を確認していく。私達の供述が信用されたようで二十人の取り巻きとアレクサンドル家の兄ちゃんは連行された。このまま収まればいいのだが。賭け金の取り立ては必要ないのが契約魔法の便利なところだ。今回の顛末はアレクパパにも知らせておかないといけないだろうな。手紙でも書いてもらっておくか。




「やあお疲れだったね。面倒をかけちゃったね。お昼は何を食べようか。」


「疲れてないわ。カースの方が大変だったじゃない。それに私……カースの魔法を見てから体が熱いの……あの先生を相手にあそこまで一方的に……」


アレクの表情が熱っぽい。たまに見せる赤面とは違い、体の奥底から生まれる熱に絆されてるかのようだ。


「先生が相手だからね。油断も手加減もしなかったよ。喜んでもらえて嬉しいよ。」


アレクは周囲の目など一切気にせず私に抱きついてきた。照れるじゃないか。


「お願い……どうにかなりそう……どこかに連れてって……」


「じゃあまた空中露天風呂といこうか。」


「うん……//」






私達は南の城門から領都を出て南へ進む。ずっと南下すればムリーマ山脈まで到着してしまうので、そこまでは行かない。


周囲から人気が消えた辺りでマギトレントの湯船を取り出して入浴の準備をする。今の私は循環阻止の首輪をつけたままでもこれだけの重量を飛ばすことが苦ではない。


「あぁっ、カース!」


少し上空に登ったと思ったらアレクがすごい勢いで抱きついてきた。その上猛烈な勢いで私の唇を奪っている。私達はまだ十二歳なのに……


強者を見ると発情するクタナツ女性の特徴が色濃く現れている。ここで私まで流されてはいけない。ここで情欲の赴くままにアレクを貪る気はない。だから今日はきつく抱きしめて私もアレクの唇だけを奪う。それだけで我慢するんだ……


やがてアレクも落ち着いた様子を見せる。


「さっきまでの私……おかしかったかしら?」


「いや、そんなことないよ。かなり魅力的だったよ。僕もおかしくなりそうだったよ。」


「我慢しなくていいのに……カースに限って違うと思うけど……女を抱く度胸がない男を俗語で『ヘタレ』って言うらしいわ。カースは違うわよね? ね?」


「あはは、多分違うと思うよ。この前、面白いことを内緒にしてるって言ったよね? もう少し待っててもらえるかな? あっと驚かせてみせるから。その時に……ね?」


「楽しみにしてるわね。私、カースの言うことなら何でも聞くわ。だからそんな困った顔をしないで、ね?」


期限を切ってしまった。見た目は十七歳程度だが、こんな女の子に手を出してしまっていいのか? 確かに貴族ならおかしくはないが……




そのまま私達は誰もいない午後のひとときを楽しんだ。

満ち足りた有意義な時間だった。時々近くを魔物が飛んでいったりもしたが、こちらに注意を払うことはなく一安心だった。ちなみにコーちゃんは湯船に浮かべた大きめのタライの中でプカプカ浮いてリラックスしていた。

高さが足りなかったせいか天空の精霊は出てこなかった。




自宅に戻った私達を待っていたのは、領都騎士団からの呼び出しだった。

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