第366話

時刻は三時を過ぎた頃だろうか。野宿するか帰るかどうしたものか。武者修行なのだから野宿するべきかも知れない……

鉄製の簡易ハウスがあるので野宿も問題はなさそうだが……


もう少し頑張ってから決めよう。


そんなことを考えていると再びコーちゃんが「ギャワワッ」

周囲が危ないらしい!


先ほどと同じ灰色狼に囲まれている。十数匹もいやがる。しかもかかってこない。慎重に攻めてくる知恵はあるのか。来ないのなら……『麻痺』

そもそも魔法の武者修行に来たんだから魔法を使えばいいよな。いかんなキアラに追われて妙な思考になっていたのか。


麻痺をかけた狼は乾燥でトドメを刺しておこう。

やはり範囲警戒だけはかけておこうかな。コーちゃんに頼りっぱなしになるのもよくないしな。私は何がしたいんだ? これがスランプか……


魔法を使ったためか、それから魔物が断続的に襲ってきた。

オーク、ゴブリン、狼、熊。

大蛇に大蜘蛛、コボルト、大山猫。


落ち着いて対処していく内に何かが見えてきた気がする。魔法の本質とでも言うべき何かが。それこそが母上の言う『他の方法』に関係するのだろうか?


今夜は泊まることに決めた。今日も勢いで飛び出してしまったので行き先を告げていない。母上には申し訳ないが勘弁してもらおう。


夕食にはオークを焼くつもりだ。まだ明るいうちに解体しておこう。内臓が美味いらしいが私には捌くのが難しい。外側のモモやムネが精一杯だ。


『点火』


初級魔法で枯枝に火を点ける。石を使い簡単な竃を作り大きい肉を直火で焼く。表面は黒く焦げるが構いはしない。中までじっくり火が通ったように見えたら外側を削ぎ落としてから実食。美味い!


危険な森で肉の塊を粗野に直火焼き。

星も見えない深い森なので周囲は真っ暗闇だ。焚き火の明かりが吸い込まれそうな不思議な感覚をもたらす。


かなりの量を食べてしまった。焚き火には適当に太い木をくべておき、少し離れた場所に簡易ハウスを出す。たぶんまだ夕方七時ぐらいだろう、満腹なのに全然眠くない。こんな時、他の冒険者はどうしてるんだ?


錬魔循環はできるが魔力放出をするわけにもいかない。さすがにここで魔力を空にはできないもんな。本でも読みたいが焚き火程度の明かりでは難しい。なら……『光源』

簡易ハウス内に蛍光灯程度の明かりを灯す。夜空を真昼にしたり、はたまた蛍光灯にしたり自由な魔法だよな。自由か……キアラの強みはまさにそれ、自由さだ。ファンタジーあるあるでは転生主人公は現地人があっと驚く発想で様々な魔法を使っているのに、私ときたら……魔力量には驚かれているがそれだけだ。キアラのような柔軟な発想がない。いつも誰かに習ってばかりだ……

自由か……



そもそもキアラに負けたからって何か困るのか?

すでに一生楽に暮らせる金はある。アレクもいる。働かない人生はもう見えている。


私は勝ち組だったんだ……

わざわざこんな危険な密林まで来ないと気付かないなんて……

やりたいことをやろうと決めたのに何を焦っていたのやら。馬鹿らしい。


自由に生きよう。気の向くままあちこち旅に出よう。贅沢したりしなかったり美味しいものを食べよう。無駄を楽しめる、そんな人生を送るんだ。差し当たって……


よし! このノワールフォレストの森に別荘を建てよう。大きくて頑丈なやつを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る