第345話

週末、ダミアンが代官と面会している頃、カースは道場にて汗を流していた。

スティードも道場に入ることができ、稽古に一層熱が入っている。ただフェルナンドと言葉を交わすことがなかったのが悔やまれるようだ。


そこに代官からの使いが現れる。自宅に訪れたところ、こちらだと言われたのだろう。


「カース・ド・マーティン殿。お代官がお呼びです。代官府までお越しいただけないでしょうか。」


「いいですよ。すぐ行きましょう。では先生、本日はこれにて失礼いたします。スティード君もまたね。」


カースは道場から出るまでの間に自らに洗濯・乾燥魔法をかけ、たちまちきれいにしてしまった。その上でいつものサウザンドミヅチの服装へと一瞬で着替えて見せた。

道場の中央から入口まで五秒も経過していない。


道中の馬車で辺境伯三男が詫びに来ていることを聞いたカースは耳を疑った。放蕩息子と聞いていたが、意外とまともなところもあるのかと。








やっと代官府に着いた。やれやれ、ここにバカ三男がいるのかな。六男は来ていないのか?

応接室らしきところへ案内されると中には代官、そしてバカ四男に似た雰囲気を持つ男がいた。こいつが三男か。


「お初にお目にかかる。ダミアン・ド・フランティアです。この度は私の気まぐれで迷惑をかけてしまったようで申し訳ない。」


ああ? 気まぐれ? 何だそれ!?


「カース・ド・マーティンです。気まぐれとは?」


「うちの弟ディミトリがいいようにやられたって聞いてね。ちょっかい出したくなったのさ。悪気はなかったんだよ。ここまで来たことと、あれに免じて許してくれないかな。」


そう言って奴が指差した先にはディミトリの生首があった。なるほど、古風なことをしやがって。


「許して欲しいって、戦争しないの? 辺境伯がやられっぱなしでいいの? お代官様はやる気満々だったようだけど。」


「無茶を言わないでくれよ。そうならないように首を持ってきたし、頭を下げてるのさ。」


下げてないだろ。まあ構わんけど。


「しないんならそれでいいけど。で、そもそも俺に何の用? お代官様が戦争しないと言うなら終わりだと思うが。」


そこで代官が口を開く。


「君とアレクサンドリーネ嬢への落とし前が済んでないのさ。無理難題を吹っかけてやるといい。」


なるほど。私に気を使ってくれているのか。


「じゃあお言葉に甘えまして。

一つ目。聞いてるかも知れんがソルダーヌちゃんの仲介で領都に家を買うことになっている。そこの代金、金貨五百枚を立て替えてもらおうか。

二つ目。辺境伯の血縁が俺とアレクサンドリーネに二度と迷惑をかけないこと。

三つ目。俺は金貸しだ。そのうち領都でも金貸しをやる日が来るだろう。辺境伯の名で許可証をもらおうか。こんな物をな。」


そう言って代官から貰った許可証を見せる。


「いいだろう。それで許してもらえるなら安いものだ。」


「では約束だ。先ほどの件を違えた場合、アンタの瞼は閉じなくなる。いいな?」


「ああ、分かっだあぐっ。」


「契約魔法だ。もうアンタは逃げられない。光を失いたくなければ素直に実行するといい。領都騎士団の魔法部隊なら解除できるかも知れんがな。」


「ふぅー参った参った。こりゃ手も足も出ないわ。絶対敵対しねーよ。むしろ友達になろーぜ。」


何だこいつ……いきなりフランクになりやがった。まあ最初から時々見えてたけど。こっちが本性か?


「ふーん。それなら酒でも飲むかい? ギルドでさ。」


私は飲まないけどね。


「それはいいな! どうせ冒険者が集まってんだろ? 奢るぜ? 連れてってくれよ。」


マジで行く気か?


「お代官様、いいんですか? こんなこと言ってますよ?」


「構わんよ。もう用は済んだ。後は帰るなり野垂れ死ぬなり好きにするといい。おっと、これを辺境伯に渡すまでは死なれると困るな。騎士団の誰かに渡してもいいがね。」


そう言って代官は書状を見せる。街の外に領都の騎士団がいるらしい。まあ私が気にすることじゃないな。代官がいいって言ったんだからギルドに連れて行こう。酷い目にあいやがれ。




私達は歩いてギルドに向かっている。こいつ、ダミアンは二十四歳だそうだ。歳の差の割に同じ三男ってことで話が弾んでしまった。なぜだ?


ギルドに着いた。皆さん殺気立ってるようだ。私達は気にせず併設の酒場に行く。


「何飲む? 俺はお子様だからミルクセーキだけど。」


「じゃあ俺もミルクセーキにしよう。たまには童心に帰るとするさ。」


私達はミルクセーキで乾杯をして飲み始めた。ツマミはない。小腹がすいたので料理でも頼もうと思っていたらアステロイドさんがやって来た。


「オメーもこんな日までギルドに来なくてもいいだろうによぉ。珍しい組み合わせだな。貴族仲間か?」


「お疲れ様です。こいつはダミアン、辺境伯の三男です。ここの全員に酒を奢りたいそうです。」


「どーも。放蕩息子のダミアンっす。最強のクタナツ冒険者に酒を振る舞ったとなると胸を張って領都に帰れるもんでね。ぜひ飲んでくれよ。」


「何ぃ!? 辺境伯の三男だとぉ? 戦争しに来たんじゃねぇのか!? あぁん!?」


「くっくっく。詫びに来たんだよ。お代官様に弟の首を差し出してな。後は帰るだけ。気楽なもんだぜ。で、俺の酒は飲めねーのか?」


えらく挑発するよな。これも本性なのか?


「舐めんなよ? 辺境伯がナンボのもんよ! おうてめーら! こいつの奢りだとよ! あるだけ全部飲んじまえや!」


酷い目にあわせてやろうなどと考えた私の心の狭さが恥ずかしい。しかしなぜこうなる?たちまち宴会が始まってしまった。私だって飲みたいのに。


「オメーみたいな盆暗が三男たぁ辺境伯もかーいそーだなー」

「可哀想なのは組合長だぜ! 暴れる気ぃ満々だったのによー」

「表の騎士は何やってんだぁ? やらねーのか?」

「オメーは魔力たけーんだろ? なんか芸ねーのか?」


「おお、見てーのか? ダミアン様の宴会魔法をよぉ。よーく見とけよ?」


ダミアンは唐突に『氷壁』を使い机上に画用紙サイズの氷を置いた。厚みは十センチぐらいだ。そして『風斬』

六男も使った切れる風魔法だ。一体何を……?



そのまま風斬を使い続けること五分。氷壁というキャンバスにアステロイドさんの似顔絵が彫り込まれていた。何という精密制御……!


「よーし完成だ! ほらそこの色男! 持って行け! 溶けるまでじっくり眺めておくんだぜ?」


「お、オメーすげーな……」


アステロイドさんは驚いている。

そこに野次が……


「本物より三割カッコいいぜ」

「そんなに鼻が高いかぁ?」

「お目々ぱっちりじゃねーか!」

「次は俺だー!」


「馬鹿言うな。そんな魔力が保つかよ? 次ぁ女だ。いねーか?」


「私でどうだい?」


おおっ! エロイーズさんだ!


「ほほう。冒険者にしとくのは惜しいな。領都の劇団で看板女優をはれるぜ!」


「へぇ、アンタ見る目があるじゃないのさ。正直者は長生きするよ?」


「よーし! 最高傑作を作ってやるぜ! 『氷壁』さあねーちゃん! 脱げ!」


おおっ! まさかの裸婦像!?

エロイーズさんも躊躇わず脱いだ!?

野郎共も大興奮だ!

しかも氷壁が大きい! まさか等身大なのか!?


「あんたたちぃ。見るのは許してやるが指一本触れてごらん? 粗末なモノを喰いちぎってやるからねぇ。」


そしてエロイーズさんは亜麻色の長い髪をかきあげ煽情的なポーズを取る。これだけの男の前で堂々と裸体を晒すなんてすごい度胸だ。


「いくぜ!」『風斬』


それからエロイーズさんは一歩も動かなかった。ダミアンも一心不乱に魔法を使っている。宴会芸じゃなかったのか。芸術じゃないか……




十五分後、そこには本物と見紛うばかりのエロイーズさんの彫像があった。

気泡の入ってない透明な氷はまるで水晶。いつまでも溶けなければいいのに……いや違う! きっと消えゆくものこそ美しいんだ! 命と美の儚さを表現しているに違いない。やるなダミアン。


「やるじゃないか。もし下手くそだったらアンタの目ン玉をくり抜いて両手をぶった切ってやるところだったよ。」


「どうよ? 辺境伯家舐めんなよ?」


エロイーズさんは上機嫌なようで裸のままダミアンの顎の下に手を這わせている。うわぁ背中も超きれい……あんなのを白磁っていうのかね。冒険者なのに……なんてきれいな肌してんだよ……



それからは飲めや歌えやの大騒ぎとなった。やっぱり宴会は楽しいものだ。これこそ冒険者のあるべき姿なのではないか。まだ日が暮れてもいないのに。アレクも呼びたいな。呼ぼう。

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