第315話
無尽流三人組が向かったのは二番街にある居酒屋だった。ギルドから少々離れているためか冒険者風の人間は少ない。落ち着いて飲めることだろう。
「今夜は私の奢りといきましょう。」
「さすが兄貴! ゴチになるぜ。」
「ふぉっふぉっふぉっ。遠慮なく飲ませてもらうぞ。」
まずはエールで乾杯。
喉を湿らせたらツマミをつつく。腸詰めに舌鼓を打つ。丁寧な仕事をしているようだ。
ある程度エールを堪能した三人が次に選んだのは蒸留酒だった。ここでは火酒とか魔法酒とか呼ばれている。
文字通り酔狂な魔法使いによって作られる、燃えるような強い酒なのだ。
三人の経験によるとワインには当たり外れがあるが、魔法酒にはない。金を気にしないのなら喜んで魔法酒を飲むべきなのだ。
「こいつぁスペチアーレ男爵の逸品だ。知ってんだろ? 一杯金貨一枚だぜ。それでも飲むのか?」
店主が問いかける。
魔法の腕だけで貴族にまでのし上がった男が作る酒だ。魔法酒にしては生産量が多いのでクタナツでも飲むことはできる。それでもあの値段だ。
「まずは三杯いただこう。」
「兄さんそんな顔して中々剛毅だねぇ。」
店主がフェルナンドを見て言う。
「おっ、こいつはディノ・スペチアーレか? 美味いんだよな。」
「ほぉ、こっちの兄さんは中々の目利きじゃないか。その通り、ディノ・スペチアーレの十五年物だ。」
「ふぉっふぉっふぉっ。そいつはいい。このような所で思わぬ出会いじゃの。」
「こんな所は余計ってもんだじいさん。黙って飲みな。」
「旨い……な。少しクセのある重厚な香り、『スモーキーフレーヴァー』と言うんだったかな? 甘く飲みやすいが軽くない。さすがだ。」
「さすがなのは兄貴だぜ。よくそんなこと知ってるよな。酒は美味いし兄貴とジジイはいるし、楽しいぜ!」
「ふぉっふぉっふぉっ。旨い、旨いのう。よい酒じゃ。店主よ、よい仕入れをしておるのう。」
「当たり前だろ。俺ぁ旨い酒しか置かねえからよ。スペチアーレ男爵様に乾杯ってなもんよ。」
スペチアーレ男爵は裕福な平民の息子として生まれた。フランティア領都の魔法学校で頭角を現し、将来は領都騎士団の魔法部隊での栄達が有力視されていた。
ところが魔法学校の卒業祝いで父から振舞われた魔法酒を飲んで酒造りに目覚めてしまったのだ。
父も酔狂な性格だったため、息子が旨い酒を作れば自分は真っ先に飲めるだろうと考え反対しなかったのだ。
その後、王都にて五年の修行を経て酒造りを開始。魔法の腕と酒造りのセンスでたちまち男爵の地位を得た。現在ムリーマ山脈の一角を領地とし、酒造りに励んでいるらしい。本来平民上がりの一代貴族に領地など与えられるものではないが、希望場所が誰も領有していないムリーマ山脈だったため比較的簡単に下賜されたのであった。その分、開拓や防衛が大変なのは言うまでもない。なお、ディノとは男爵の父の名である。
やがて店主も加わり四人は盃を重ねた。
そこにフェルナンドが。
「酔いは回った。ならば私が宴会芸を披露して進ぜよう。」
「いよっ! 待ってました兄貴! 今日は何をやってくれるんだ?」
「愚問! 剣士の宴会芸は剣を使うのさ。時に店主よ。少々無精髭が過ぎるのではないか?」
「あ? あぁ最近忙しくてな。」
フェルナンドが魔力庫から取り出した剣を十数回振るったと思ったら店主の汚ない髭面が剃りたて艶々の卵肌と化した。ついでとばかりに眉毛まで整えられている。
店主は呆然として自らの顔に手を当てている。肌触りはすべすべだろう。
「バカもん! 酒に髭が入ったではないか! やはり酔っておるのぅ。」
「はっはっはー! 兄貴にしちゃあ珍しいな!」
「ふふふ、すいません先生。まあ耳や鼻が入らなかっただけマシでしょう。」
「それよりその剣、いや刀だな? どこで手に入れたんだ? さっき言ってた奴だよな?」
「ふふふふ、分かるかアラン。そうとも。これは刀! 行って来たのさ東の島、ヒイズルにな!」
「ふぉっふぉっふぉっ。この剣術バカめ。たかが刀一本に命を賭けよって。」
結局三人の剣術談義は朝まで続き、上機嫌なフェルナンドの宴会芸は幾度となく振舞われた。すると何と言うことでしょう。五十がらみの汚い髭面店主が、四十前のチョイ悪ロマンスグレーになっているではありませんか。余談だがこの刀の銘は『髭切』である。
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