第305話

十月になった。

まだアッカーマン先生はクタナツに到着されてない。私は時々空からそれらしい馬車がいないか見回ったりしているが、やはり見つからない。まだ領都にすら着いておられないのだろうか。


そんなある日、私が学校から帰ってみると正門が開いていた。来客のようだ。まさか!


私は慌てて応接室に飛び込んだ。


「ただいま!」


「カース、お客様ですよ! 静かになさい!」


「まあまあ奥さん。子供は元気が一番じゃて。」


いかんいかん。ついつい気が早ってしまった。


「初めまして! アラン・ド・マーティンが三男カースと申します。アッカーマン先生でいらっしゃいますか?」


「ほっほっほ。いかにもコペン・アッカーマンじゃ。アランの倅とは思えん礼儀正しさじゃの。」


「フェルナンド先生みたいに強くカッコよくなりたいんです! 無尽流に入門させてください!」


そう言って私は片膝をついてお願いする。

中身がオッさんの言うことではないが、本当だから仕方ない。


「ええとも。そしていつでもやめてええ。気楽にやることじゃ。」


「え? いいんですか? 試験とか……?」


「ああいらんいらん。アランの倅でフェルナンドの奴もかわいがっとる子供じゃ。合格に決まっておる。」


つまりコネ? コネは大事だよな。やはり私はツイてるらしい。


「ありがとうございます! いつから通っていいんですか?」


「さてのぅ、まだ場所もなにも決めておらんでのぅ。アランの奴に候補を探しておくよう頼んではおったが。」


なるほど。着かれたばかりだろうしな。


「なるほど。楽しみにお待ちしております! 奥様もよろしくお願いいたします!」


「あたしにそんな丁寧に挨拶しなくていいよぅ。平民なんだからぁ。」


丸っこくて可愛いらしい女性だ。胸元には綺麗なプローチ。不思議な魔力を感じるな。


「このクタナツでは貴族も平民もあまり変わりがないんですよ。強い者が優遇されます。ってことはアッカーマン先生を射止めた奥様は最強ってことになりますね。」


「ふぉーふぉっふぉっ。面白いことを言う子じゃ。さすがアランの倅よ。どれ、少しやってみるか?」


「稽古をつけていただけるんですか? ぜひお願いします!」


次の瞬間、私の頭には棒がコツンと当たっていた。


「ほっほっほ。油断してはいかんな。『お願いします』と言ったんじゃ。もう始まっておるぞ?」


すごい……確かに家の中だから自動防御は張ってない。しかも稽古は庭でやるものだと思い込んでいた。やはり私は甘いのか。


「参りました。では庭で改めてお願いできますか?」


そう言って私は応接室から出て、ドアの陰で虎徹を構える。

先生が出てきたタイミングで、振り下ろす!


あっさり避けられた。


「はぁっはぁっは。やはり面白い! アランそっくりではないか。のうカースよ。その考えはよいが、部屋から出てすぐ足音が消えたらバレバレじゃぞ? 親子よのう。」


凄すぎる……

これが達人……

私は素直に庭に出た。


私達は向かい合って構える。

いや違う、構えているのは私だけだ。

先生は先程の棒を肩にかけてぶらぶらさせているだけだ。きっとこのことを『隙がない』って言うんだな。

糸のような目で好々爺然としている。

全力で行こう!


「ところで先生、奥様とはどこで出会われたのですか?」


「ほお、それはの」


返事を待たずに切り込む。

このぐらいで隙ができるはずもないが、やらないよりはマシだ。先生の身長は私より高い、百五十センチぐらいだろうか。

自分より小さい相手とはそんなに戦ってないはず。だから下から攻めてみる。


あっさりかわされる。腕の差がありすぎなのだろう。そんな攻防が五分ほど続いただろうか。


「ふむ、悪くない。その年にしては基本ができておるし、体力もある。アランに似ていると言ったことは撤回せねばの。」


先生が少しやる気になってくれたのか?


「ではこれで頭を打つから避けるか防ぐかしてみよ。」


そんなの避けるに決まってる。防ぎきれないと見たので。


先生はゆったりと棒を振り上げる。

私は大き過ぎるぐらいの間をとる。

先生はゆったりと振り下ろす。

次の瞬間、やはりコツンと頭を叩かれた。


棒の長さの二倍ぐらい離れてたのに?


「どうじゃ、面白いであろう? これは奥義に繋がる技でもあるが、大した技ではない。そのうち覚えるじゃろうて。」


すごい……

今日は凄いしか言ってない気がする。

でも何か一泡吹かせてやりたいな……


「先生、うちのメイド、マリーって言うんですけど綺麗だと思いませんか? 特にあの肌の白さときたら……ねぇ?」


「そんな所まで似んでよかろうに……」


「そんなマリーですけど、今日は何色のパンツを穿いてると思います?」


「ぼ、坊ちゃん!」


「白、と言いたいとこじゃがな。あの手の美人は清純と見せかけてそうでないことが多い。よって黒、それもエグいやつじゃ!」


「では正解を発表しますよ。よく見ておいてくださいね。」『風操』


マリーの足元から風を吹き上げスカートを捲りあげ下着を露わにする。先生の目がそちらに向く瞬間に打ち込む!


それでもだめか……

先生はカッと目を見開きマリーの下着を凝視している。その状態で避けられてしまった。やはり達人は違うな。


「ふぉっふぉっふぉっ。よい物を見せてもらったわい。どうじゃ? 正解だったであろう?」


やはり、達人は違うな……


「参りました。そんな偉大な先生の弟子になれて私は幸せです!」


次の瞬間、私は上空高く吹っ飛ばされてしまった。これは落ちたら死ぬパターンだ。母上か?

私は腕輪に金操をかけてゆっくり降りる。

あ、マリーが怒ってる。


「坊ちゃんは晩御飯抜きです!」


何てこったい。

あ、先生も奥様にヘッドロックを食らっている。ふっ、この勝負引き分けのようだ。

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