第281話

通常の馬車は馬一頭。急いだとしても時速二十キロルも出ない。しかもその速度だとすぐに馬が参るはずだ。

サンドラパパが今回の逃避行を予定していたのなら馬も馬車も高性能な物を用意しているはず、そうなると話がずいぶん変わってくる。


魔法でブーストした馬を四頭、丈夫で揺れにくい馬車を用意すれば時速五十キロルは出るだろう。中の人間には地獄だが。


アレクの話によると、そのイメージで正しいらしい。朝、城門を屈強な馬四頭に引かれたムリス家の馬車が北門を出たらしい。そこからしばらくは北に向かったが、その後のことなど分かるはずがない。

そして昼まで目撃情報もなし、やはり魔法で色々とブーストしているのだろう。


開門から現在までおよそ六時間、休み無しで走っていればタティーシャ村に着いているかも知れない。実際には直線ではないので着いていることはあり得ないだろうが。


そこでサンドラパパが冷静になってくれていればよし、ヤコビニ派に連絡を取ろうとしさえしなければ問題なく終わるはずだ。


私達の到着はおよそ四十分後。たぶん時速は四百キロルぐらい出ていると思う。

道中はタティーシャ村までの陸路の真上を飛んできたので、今のところそれらしい馬車がいないことは分かっている。私とアレクは必死に眼下を睨む。まさに鳥瞰、鵜の目鷹の目状態だ。



見つからないな。途中に森がいくつかあったので見逃した可能性もあるが。


そうこうしている間にタティーシャ村に着いてしまった。馬車らしき物は見えない。いきなりだが村長宅に行ってみよう。


「こんにちはー! 村長いますかー!」


「んん? おうお主か! 今日はどうした。」


「人探しです。貴族の一家が来てませんか?」


「いや、来とらんと思うぞ。それがどうした?」


私は軽く事情を説明し、アレクを紹介した。アレクはいつものように嫋やかに挨拶をする。相手は村長とは言えただの村人、それなのに丁寧に挨拶をするアレクが大好きだ。


「こいつは魂消ましたわい。ワシですら知っとる名門貴族のご令嬢がこのような所に来られるとは。」


ここですべきことがなくなってしまったので、昼食となった。村長の奥さんが魚を振舞ってくれるそうだ。


アクアパッツァのような一尾丸々の料理を食べて大満足な私達。昼寝をしたいのだがそうもいかない。何かできることがあるはずだ。


「アレク、僕は海上を少し見回ってみようと思うんだ。アレクは西を見張ってもらえないかな。」


もしかしたら南からヤコビニ派の迎え、または刺客が来るかも知れない。またはムリス一家が遅れてここに来るかも知れない。

村人にも伝達を頼んだので、もしこの村に入り込んだら確実に見つけられるだろう。


「いいわよ。それしかなさそうね。」


コーちゃんはアレクと一緒だ。アレクを守ってねと伝えたら、ピュイピュイと返事があった。きっと、任せて! って意味に違いない。




それから海岸線に沿ってざっと百キロルは下ってみたが船は見えない。沖合をぐるっと回ってタティーシャ村に帰るのに三十分もかからなかった。この分だとここにヤコビニ派は来ないのか。


アレクの元に戻り隣に座る。


「ただいま。近くに船は全然いなかったよ。」


「おかえり。こっちも動きなしね。」


「じゃあもう一時間待って何もなければ動いてみようか。北の方とかさ。」


「そうね。南側は騎士団がいるでしょうし。やはり北よね。」


それからしばらくは色々と考察を重ねながら待っていたが、変化はない。


「もしかしてだけど、馬車ごと空を飛ぶ方法ってないかな?」


「そうね……魔力切れを気にしないのだったら浮身と風操で……できなくもないわね。でも長距離は絶対無理……と思う。城壁とか崖を超えるために使うとしたら……だめね。西や南にはいくつか崖はあるけど、そんな所を飛び越えても意味がないわ。」


さすがに無駄な考察だったか。



さらに三十分経過。


「よし、では移動しようか。東に向かったわけではないってことで。」


「そうね。行きましょう。」


村長には出発の挨拶と伝言ついでに魚をあるだけ買い取っておいた。ホウアワビが欲しかったが、潜ってもらう時間がなかったのが悔やまれる。

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