第266話

七月も半分が過ぎた。八月は丸々夏休み、何をしようか今から楽しみだ。


結局鍛錬遠足でクタナツに帰り着けたのは私達五人だけだったらしい。バランタウンにすら着けなかった同級生も二割ぐらいいたらしい。グランツ君もクタナツまで残り半分ぐらいで力尽きたとか。

よって私達以外全員追試らしい。距離を短くして同じことをするとか。 いつも優しい校長先生が悲しそうに通告していた。それが通らないと夏休みがなくなるらしい。同級生も可哀想だが、先生方が可哀想過ぎる。


さて私は鍛錬遠足で左腕を怪我したことで防御の甘さを思い知った。ならば、ウエストコートの上にジャケットでも作って着ればいいのだが、それはいやだ。

前世でよくスーツを着ていたので、もう絶対着たくない。当然ネクタイも嫌だ。まあこの世界にネクタイはないのだが。

今の服装が気に入っているので、せいぜい上にコートを羽織るぐらいだろう。コートにも温度調節機能が付いているので夏に着ても暑くない、むしろ腕が涼しくなる。イメージ的に暑苦しいので着る気はないが。


つまり着心地が良くて防御力も高い。暑くなければ尚いい。そんな都合が良い素材のシャツが欲しい。




だからファトナトゥールで聞いてみた。


「あるにはあるよー。シルキーブラックモスがいいねー。」


「それってノワールフォレストの森ですよね? しかもその繭を探さないといけないんですよね?」


「そうよー。ギルドに依頼したら金貨三百枚はかかるねー。それに魔石を三つぐらいつけたら王族御用達の最高級シャツができるねー。一着で金貨七百枚ぐらいねー。」


絶対無理だ。シャツ一枚に金貨七百枚、しかも魔石を別に三つ集めないといけないのか。


「じゃあこんな籠手を上腕に付けたいんですが、やっぱり防具屋さんですかね?」


そう言って私は袖を捲りエルダーエボニーエントの籠手を見せる。


「そうねー、見たところかなりの上物なのねー。隣の隣で相談してみるといいよー。ラウーラから聞いたって言えば、話が少しは早いねー。」


あっ、全身を覆うローブも欲しいな。またにするか。




さて、ファトナトゥールの隣の隣はここかな?


「こんにちは。」


留守かな?

それならそれでいいや、店内を適当に見てみよう。汚い店だな。しかし、領都の焼肉屋の例もある。汚いからとて無能とは限るまい。

金属鎧は多いがこれまた汚いな。錆びてはないようだが、埃をかぶってやがる。


鎧に兜、そして籠手に脛当て。いろんな防具があるものだ。鉢金はないのか。帽子も欲しいな。


「誰だ?」


やっと店員登場か。


「客だよ。」


「おー客か。何がいる?」


「ラウーラさんから聞いて来た。こんな籠手か何かで上腕を守る物が欲しい。」


「あー、すまんな。うちは金属専門だ。たぶんラウ……おい、その籠手……よく見せてくれ。」


外しはしないが近づけて見せてやる。


「こんなもん一体どこで……」


「言う必要はないな。これほどの物は無理だとしても何かないか? 軽くて丈夫で暑苦しくない物。」


「あるわけねー、と言いたいとこだが、そんなモンを持ってんだ。金は唸るほど持ってんだろ? ミスリルなんてどうよ?」


それはいい! 一キロムで金貨二、三十枚だったな。今なら楽勝で払える。


「そいつは最高だ。物は相談だが、ミスリルに汚銀けがれぎんの性能を持たせることはできないか?」


「汚銀のことまで知ってんのかよ。できなくはないが中途半端になるぞ?」


「詳しく知りたい。」


すごく興味が出てきた。


「大したことじゃない。例えば鉄を基準にするとミスリルの丈夫さは六倍、重さは二割ちょいってとこだ。汚銀は丈夫さ重さとも鉄の半分程度だ。そんな二つを同じ体積ずつ混ぜて合金を作ったとする。出来上がった物の丈夫さは鉄のニ、三倍、重さは鉄の三、四割ってとこだ。ほぼ無意味だぜ。魔力ポーションの一本でもあれば解決する程度の違いしかないだろうによ。」


なるほど。素直にミスリルのみで作ればいいだけの話だな。


「ちなみにミスリルで作れるオススメの合金とかないか?」


「あー合金とはちょっと違うが鋼ってぇ金属と合わせて作る剣があるらしいぜ。俺ぁ武器のことはよく知らんがな。」


まるで日本刀じゃないか。そうだよ! 木刀があるんだから刀だってあるだろ! でも私の虎徹の方が強いと見た。

しかし鉄と鋼は別物なのか……? 分からない……

ファンタジーあるあるだと東の大陸とか島に日本ぽい国があって刀とか妙な魔法とか使うアレか?


「オッケー、ありがとよ。じゃあ注文な。ミスリルだから丈夫さと軽さは十分だろう。そうなると後は快適さが欲しい。汗で蒸れないとか、ガタガタしないとか、できるか? もしくは何の魔石があればいい?」


「ふふふ話が早い坊ちゃんだぜ。ワーム系の大物、そしてエビルジラソーレの大物の魔石を用意してもらおうか。後は舶来物のケイダスコットンが欲しいが、まあそれはこっちで仕入れてやるよ。全て込みで金貨六十五枚ってとこだな。」


「南の大陸の綿なんて何するんだ?」


「金属だからな。直接肌に当てるのはよくない。シャツの上から装着してもいいんだが、それをすると腕や肩の動きが鈍るしシャツも傷む。だからケイダスコットンで上手いことやるのさ。まあ仕入れられない可能性もあるが、そんときゃ金貨四十枚でいい。着け心地に雲泥の差が出るがな。」


そんなに違うのか。しかも服一着に満たない量でそれだろ? シャツを仕立てようと思ったら一体いくらなんだ?

注文が一旦終わり、支払いは魔石の納品時となった。


「あーそれから、魔石を持ってくる時に親でも兄弟でもいい、連れてきな。魔力があればあるほど良い物ができるからよ。

俺はこの店『ボーグ』の店主ウィンザー・アナタミス。気前のいい客は大歓迎だ。」


なるほど、そんなものか。確か虎徹を貰う時にそんな話があったような。楽しみになってきた。魔石はスパラッシュさんに相談だな。


「俺はカース・ド・マーティン。三番街に住んでいる。では魔石が手に入ったらまた来る。」


ミスリルかー。そのうちミスリルボードも作ってみようか。さて、ギルドに行こう。

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