第209話

カリツォーニ・ド・アジャーニは上機嫌だった。黒髪の下級貴族だけでなく、金髪の上級貴族まで擦り寄ってきたからだ。さらにその金髪女はクラスの最大派閥のボスでもあったため、必然的に自分が最大派閥のボスになることができた。


こうなっては最早アレクサンドリーネなど眼中にない。父の指示とは違う気もするが、自分が頂点に立ったのだからそれでいいだろう。


後は生意気なあの下級貴族だけだ。


聞けばあの男は冒険者の真似事をしているらしい。いくら貧乏とて貴族がやることではない。そのような男がなぜアレクサンドリーネと……


慌てることはない。自分が手を下すまでもない。王都でやっていたように同級生達を使えばよいのだ。陰口、物隠し、嘲笑、そして暴力。追い詰める方法はいくらでもある。教師を使ってもいい。奴等は金で動く。


カリツォーニはますます上機嫌になるのであった。





そして後日、バルテレモンの取り巻きに実行させたが効果が薄かったことが分かった。


まず、陰口。

これはそもそも実行する人間に根性が足りなかった。それを根性と言うのかどうかは別として、彼等はカースが容易く人を殺せることを知ってしまっている。カースがその気になれば授業中に眠るように殺されるかも知れないのだ。


次に物隠し。

現代日本であればロッカーや机の中にある物が対象となるが、この学校にロッカーはない。机に引き出しはあるがほぼ全員魔力庫持ちなので魔力の少ない平民生徒ぐらいしか使ってない。鞄も同様である。ならば机そのものに落書きするなり隠したりするのがいいのだろうか。

これにも根性が足りない。

学校の備品を意図的に傷付けたりした者には厳罰が下される。放校されてもおかしくない。魔法審問があるため全員を調べたら必ず犯人が見つかってしまう。

せいぜい机の向きを反対にするのが精一杯だった。

ちなみに、街の壁などに落書きをしても同様である。


さらに嘲笑。

本人が何かする度にクスクスと嘲り笑いを浴びせる手法だが、授業中には不可能。

私語を含む授業に関係ないことを喋ると即座に罰が待っている。


暴力。

これも根性が足りない。

素手のケンカならカースも命まではとらない。それはそうだ。しかし実行する者にそんなことは分からない。『貴族の名誉を傷つけた』なんて言われたらどうにもならないのだから。

嫌がらせ程度に肩をぶつける手法もあるが、なぜか当たらない、ぶつかれなかったのだ。

トイレに入ったカースに上から水をかけてもなぜか濡れてないということもあった。


その他の手段としては、噂。

カースに関して根も葉もない噂を流す。リスクのない良い方法なのだが……ダメだった。

まず学校ではカースの知名度が低いことがある。五年生で有名なのは、やはりアレクサンドリーネ、ついでサンドラ。そしてスティードやエルネストなのだ。

だからカースの悪口を聞かされても、「ああそうなの?」「よくアレクサンドリーネ様と一緒にいる人?」などで終わってしまう。

さらに指示を受けた者が家に帰り家族を相手に話した時は「すぐに嘘と分かる話をするんじゃない!」「外で絶対に言うな!」などとこっ酷く叱られたものだ。



ならば孤立させようと六人組に一人ずつ引き抜きをかけようとするのだが……


エルネストは、イボンヌのことがあるので無理。


セルジュを遊びに誘ったところ「ゴースト退治なら一緒にやるよ」と言われてしまった。五年生にもなってそんな遊びができるはずがない。


スティードには「一緒に稽古? いいよ、ぜひやろう」と言われてやったはいいが……三十分もしないうちに全員動けなくなってしまった。

彼は『準備運動も終わってないのにどうしたの? 』と言わんばかりに不思議そうな顔をしていた。


サンドラには、分からない所があると勉強を教えてもらいに行った。わり算の質問をしたはずなのに、素数とか素因数分解とか互除法とか不可解な言葉が多数出てきて何一つ理解できなかった。サンドラは『便利なのに使わないなんて勿体無い』と言いたそうな顔をしていた。


アレクサンドリーネには、そもそも堂々と話しかけられる者がカリツォーニだけなので無理である。



こうなったら不仲作戦。

カースが、セルジュのことを『デブオーク』

スティードのことを『脳みそ筋肉野郎」

サンドラのことを『ガリ勉鶏ガラ女』

エルネストのことを『女々しい負け犬』

などと言ったという内容だ。


これは完全に逆効果だった。

全員が全員とも「カース君はそんなこと言わない」と断言したのだ。

また、これらの言動によりカリツォーニ達の意図が完全に曝け出された形となった。

もっとも、そうでなくともバレていただろうが。


カースから見れば「あぁそう」で終わりなのだが他の五人は憤りを覚えていた。しかしカースが気にしてなかったので特に話題になることもなかった。


割りを食うのは実行した下級貴族達だった。いいように顎で使われて、無理難題を押し付けられて、効果がないと叱責されたりタメ息をつかれる。


そんな日々が一週間。




「バカらしい」


誰かが言い出した。


「あんな化け物相手に僕達は何てことを……」


呼応するようにまた誰かが言う。


「この分だとまた何かやらされるかな」

「私達一体どうなるの?」

「そもそも僕達には関係ないんじゃない?」

「そうだそうだ! 関係ない!」

「もう止めようよ。もしカース君が怒ったら……」


風向きが変わってきたようだ。

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