第176話

イザベルはウリエンに指示をした後、代官府を訪れていた。状況を説明するためである。

目の前にいるのは騎士長。


「アドリアン様、お久しぶりでございます。いつも息子カースがお世話になっております。」


「イザベル殿、よく来てくれた。ご協力に感謝する。して状況は?」


イザベルは正確に説明した。

蟻の大群と出会った位置、時刻。七割方カースが倒したこと。またカースは褒美、賞賛を望んでおらずイザベルの手柄にして欲しいこと。そして現在冒険者達が現場にいること等。


「まさかあの年で魔女殿を超えているとは……前言を撤回する。どうかアレックスを貰ってくれ。あんな逸材はきっとどこにもいない。」


「その話はまたに。今はそれどころではありませんでしょう。では、私は行きます。バランタウンのこと、グリードグラス草原のこと。大変かとは思いますが、ご自愛くださいませ。」




一方ウリエン。急なことにも関わらず迅速に装備を整えカースの待つ城門に到着した。


「兄上! よし行くよ!」


そして飛び立つカース。

これにはウリエンもびっくり。このような速度で空を飛ぶなんて、聞くと見るとでは大違いだ。


「カースは凄いな。こんなことまで出来るようになってるとはな。」


「このお陰でオディ兄を助けることができたんだよ。出来るようになってて本当によかったよ。」




出発して十分と少し、バランタウンが見えてきた。

ぬおっ、蟻だ! 西側を蟻に襲われているじゃないか!


「兄上を街の中に降ろすから! 僕は後ろから攻める!」


「分かった! 無理するんじゃないぞ!」


浮身と隠形を使いゆっくり兄上を降ろす。


こうなったら時間との戦いだ。隠形を使って……上空から火球を落とす。

蟻の逃げ道を塞ぐように、周りを囲うように。

守れば勝ちなんて言ってられない!

全滅させないと……


ここにも凄腕が揃ってるはずだ。蟻の動きさえ乱れたら、後はどうにでもなるだろう。





その頃、代官は自ら指揮を執っていた。


「チャンスだ! 蟻の動きが乱れている! 一番隊突撃! 蟻を分断せよ!」


騎士団のロングソードなら蟻の外骨格にも傷ぐらいつけられる。しかし、傷どころか騎士達はほとんどが一撃で蟻の胴体か首に致命傷を与えていた。

『硬化』を使う者、『身体強化』を使う者。

関節を狙う者、無理矢理叩き斬る者。騎士達の腕は圧巻だった。


「二番隊! 左半分を狙え! ただし全滅させる必要はない! 怪我をしないよう慎重に当たれ!」


少しずつ蟻の数が減っていく。


「魔法部隊! 右半分を狙え! 詠唱開始! 十秒後に打て!」


イザベルの『燎原の火』ほどではないが広範囲の火炎魔法が蟻を襲う。

しかしベレンガリアの『業炎』ほどの威力があるため、蟻は次々に焼かれて死んでいった。


「一番隊戻れ! 冒険者諸君! 準備はいいな!? 突撃!」


そしてついに総力戦となった。

冒険者に連携は期待できないため、最後のトドメとして温存されていたのだ。

七〜五等星までが突撃を許されており、八等星以下は城壁内に入り込んだ蟻の相手をしていた。

もっとも城壁とは名ばかりで石垣と言った方がよいレベルだったりする。


その頃ウリエンはオディロンを探していた。


「オディロン! どこだ! オディロン!」


すでに薄暗く、篝火では中々人の顔が判別できない。


「オディロン! 返事をしろ!」


「兄上!?」


「オディロン無事か!」


「無事だよ。どうしてここに?」


「カースに連れて来てもらったんだ。すごく心配してたぞ。」


「まったく……どっちが兄か分からないじゃないか。兄上もありがとう。じゃあさっき上から落ちてたアレはカースが?」


「ああ、おそらくそうだろう。さあやるぞ! 入り込んだ蟻どもを逃すなよ!」


「うん! 兄上がいるなら百人力だよ!」


そしてカースは……

隠形をしつつ上空から様子を見ていた。

もう趨勢は決した。後は被害が少なければよい。そのようなことを考えながら兄達を探そうと地上に降りた。


街の中にはあちこちに蟻が入り込んでいたようで、低級冒険者が奮闘している。

カースも木刀を取り出し戦ってみるが、まるで歯が立たない。

いくらハンマー並みの威力があろうとも、グリーディアントの外骨格はそれ以上ということだ。

何回か振るった内、運良く後脚の付け根に当たった時だけ、切断することに成功した。


「だめだこりゃ。素直に合流しよう。」


魔法無しでは役に立たないことを自覚して再び兄達を探し始めた。ほどなくして二人を見つけることができた。


「兄上! オディ兄!」


「「カース!」」


感動の再会である。


「よかった! オディ兄無事だよね! 心配したんだよ!」


すかさずウリエンが。


「カース、話は後だ。やるぞ!」


「「押忍!」」


一匹の蟻を三人で囲む。

ウリエンが正面、オディロンとカースが左右だ。

ウリエンの打ち下ろしが蟻の頭部を直撃する。傷こそ付いてないものの衝撃で蟻の動きは止まる。その隙にオディロンとカースが蟻の両前脚を切断、ウリエンは動きの鈍くなった蟻の横に回り込み頭を落とす。

落とした頭はオディロンが圧縮魔法の応用で隅に弾き飛ばす。

頭だけでもしばらく生きているからだ。


彼らの戦いぶりはすでに流れ作業と化していた。

三人とも武器がエビルヒュージトレント製だったことが関係したとしても見事な連携と言えるだろう。

また、周りの面々もそれに気付きウリエン達に一匹ずつ蟻が向かうよう調整してくれた。

真夜中になる頃、内部に入り込んだ蟻は全滅し、外の大量の蟻も程なく全滅していた。

カースの大手柄だが、それを知る者は本人のみ、もちろん兄達は気付いていたが言うこともないだろう。


カースは兄が無事なことに安心していた。そこでまた、ふと思い出した。

父もここにいるのではないのかと。

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