第51話 マーティン家、集合

もうすぐ春、私は二年、オディ兄は五年になる。

そして毎年恒例の試験の時期でもある。

そんなある日、ウリエン兄上とエリザベス姉上が領都から帰ってきた。

兄上は騎士学校の五年、姉上は魔法学校の三年になる。

特に兄上は最後の年になるので、進路の相談などをするためもあって帰ってきたのだろう。


「兄上も姉上もおかえり! 領都の話を聞かせて!」

「おかえり! 兄上と帰ってくるなんて姉上やるね。」


「カースただいま。夕食の時にたっぷり話してあげるよ。」

「オディロンうるさい。私が兄上と一緒なのは当然よ!」


「お前達、よく帰ってきたな。ウリエン、男の顔になってきたな。エリ、洗練された魔法使いの雰囲気になりつつあるな。」

「二人ともおかえり。さあ夕食にしましょう。今夜はご馳走よ。」


兄上と姉上はみんなにお土産を用意してくれていた。

私、オディ兄、父上にはちょっといい生地を使ったベスト、ここではウエストコートと呼ばれている。私のは黒、オディ兄はこげ茶色、父上は白だ。

少し前に王都で流行り出し、領都にも入ってきたらしい。高いんじゃないのか?


ちなみに母上とキアラ、そしてマリーにはバレッタだ。これで髪のオシャレ度、そしてアクティブさアップ間違いなし。


「どうだウリエン、騎士学校は中々厳しいだろう。」


「うん、そうだね。幸い先輩達は優しかったから人間関係で悩むことはなかったけど、その分稽古や座学が大変だったよ。

あ、無尽流の先輩も何人かいたよ。同期にはいないけど。」


「ああ、それはよかったな。あそこは下らんイジメとかイビリをする人間はまずいないからな。

ところで、同期は何人残ってる?」


「半分だよ、五十人。進級するごとに足切りがあるから毎年大変だったよ。」


「ほう半分か。まあいつも通りか。

で、お前の現在の順位は?」


「二位だよ。悔しいけど首席の奴には勝てそうにないんだ。勝てるポイントが見つからないね。

剣で負けるなら魔法、魔法で負けるなら素手、素手でも勝てないならせめて座学。それでも圧倒的全敗さ。」


「ほーう、お前がそこまで敵わないとはな。まあいい、今月中はここにいるんだろ?

少しぐらい稽古をつけてやる。何かヒントを見つけてみろ。

お前は私の息子なんだ、せめて逃げ足では負けるなよ?」


「そうだね。今のところ逃げ足でも勝てそうにないけど何か取っ掛かりを見つけてみせるよ。」


そんなにすごい奴がいるのか……

逃げ足すら一番なのか……

創作だとそんな奴は実戦ではすぐ死ぬエリートって感じだけど兄上の口振りからすると違うんだろうな。


「あいつ嫌い! いっつも違う女を連れてるのよ! 私にも声かけてきたし!」


その上モテモテなのか。そんな暇はないはずじゃなかったのか?

街中で会うってことは姉上も街を歩いてたのか?


「ほほう、やるじゃないか。生きてれば出世するタイプだな。お前とその子の仲はどうだ?」


「僕はライバルだと思ってるけど、向こうは多分比較的仲の良い友達だと思ってるかな。」


「なるほど。まあ結局お前が何になるかによるだろうな。どうだ?

もう一年で卒業だが、進路は決められるか?」


「うーん、実は悩んでるんだよね。士官学校に行くか、思い切って近衛学院に行くか。

それとも騎士になって赴任するか、フェルナンド先生みたいに冒険者をやるか。」


「そうか。しっかり考えて決めるといい。

カースが学校を卒業したら私は騎士を辞める可能性が高いからな、しっかり稼いで金を運んでこいよ。」


マジか! この親父、子にタカろうってのか!

貯金とかないのか!?


「もちろんだよ。稼いで親孝行するよ。

じゃあそれも踏まえて考えることにするよ。」


すごいぞ兄上! それは当然のことなのか。


「さすが兄上! 私も稼いで親孝行するわ!」


「エリはどうするの? まだ先だけど、王都の魔法学院には行けそう?」


「難しいわね。私は今三位なの、やっぱり首席を取らないと安心して魔法学院には行けないわ。

ただ、上位二人とそこまで差があるとも思えないから、今後次第かしら。」


うちの兄姉は優秀だな。

私は何をするのがいいんだろう。

騎士は堅苦しくて嫌だし、冒険者は汚そうだから嫌だ。野宿なんかしたくないし臭い魔物など相手にしたくもない。

やはり当初の予定通りどこかで金貸しだな。

元手はどうしよう。


「オディロンはどうだ? 何か決めてるか?」


「うーん、分からないんだよね。マリーのような立派なメイド、僕は男だから執事? になりたいと思っていたけど、金貨百枚貯めないといけないしね。

焦ることはないんだけど、やっぱり早く稼ぎたいからさ。」


「なによオディロン、あんたそんなに貯めてどうするのよ?」


「父上からマリーを買うんだよ。まだマリーの了解は貰ってないけど。」


「はぁ? あんた馬鹿じゃないの!?

マリークラスの奴隷だったら高くても金貨三枚よ? しかも両耳がないせいで特価だったらしいし。

確かにマリーは有能で家族同然だけど、それだけにわざわざ買わなくてもいいじゃない!」


「それは姉上には言われたくないな。僕から見て兄上はすごい人だよ。僕なんかとても敵わない。

でも兄上より強い人はいる、賢い人もいる、多分格好いい人もいると思うよ。

でも兄上が好きなんだよね? なら僕の気持ちも分かるはずだよ?」


「くっ、オディロンのくせによく分かってるじゃない。そうよ兄上は王国一なのよ。

だから私は他のどんな男も目に入らないわ。」


「僕もそうだよ。姉上と同じだよ。

マリーしか目に入らないよ。」


本当にうちの兄弟はすごいな。

芯が通っている。兄上はどうなんだろう。


「エリ、マリーの価値は金貨百枚でも安いぞ。それでもオディロンだから百枚に負けてやってるんだ。それでもマリーが了解しないことには白紙だがな。」


「そうなの、それなら私が言うことではないわね。」


「ところでウリエン、領都での生活はどうなんだ? 私の言いつけはきっちり守ってるだろうな?」


「もちろんだよ。そもそもそんな遊ぶ余裕なんかないよ。休みの度に女の子と遊んでるウメールが、あぁ首席の奴ね、おかしいんだよ。」


父上の言いつけ?

女の子関係か?


「私から見ても兄上に寄り付く虫はいなかったわ。父上も兄上が心配なのね。大丈夫よ、私がガードしてるんだから。」


「ふふ、そういった心配ではないさ。ガードしたいなら好きにしたらいい。

しかしお前にそんな余裕はあるのか? そんなことだから三位じゃないのか?」


「うぐっ、だって兄上の周りには色目を使う同期とか後輩とか騎士学校の侍女とかいるんだもん。」


なんでそんなこと知ってるんだよ。

もし学校が隣だとしてもそうそう分かるものじゃないだろうに。


「エリ、僕はそんな余裕はないよ。エリも自分のことに集中した方がいいよ? 王国一になるんだろ? 僕はがんばるエリが見たいよ。」


「がんばる私を見たい……がんばる私を側で見たい…… がんばる私を側でずっと見ていたい…… がんばる私の側にいつまでも寄り添っていたい……………

あ、兄上の気持ちはよく分かったわ。これはもう愛の告白ね。

私がんばるから、兄上の告白に応えられるよう王国一の女になるわ。」


姉上の妄想力は健在か。

実は兄上も満更でもなかったりするのか?

兄上ならモテモテだろうに。


楽しい会話は尽きない。

父上も母上もみんなの進路に然程心配してないようだ。

信頼しているのだろうな。

私が金貸しを始めると言ったら何と言われるのだろうか。







例によって子供が寝た後は大人達の時間。酒と秘密の時間が始まる。


「みんな大きくなってきたもんだな。ウリエンに男の顔と言ったが、オディロンにも驚かされる。オドオドした所がすっかりなくなったな。」


「そうよね。自信があると言うよりはマリーに相応しい男たらんと自信を持とうとしているんでしょうね。」


「オディロン坊ちゃんからそう思っていただけるのは有難くは思いますが、私はどうしたらいいのでしょう……」


「俺としてはマリーを手放したくはない。だがそんなことはどうでもいい、重要なのはマリーの意志だ。

騎士を辞めてキアラを連れて親子三人でひっそりと暮らすのもいいし、辞めずにこのままここでみんなで暮らすのもいい。

オディロンが金貨百枚貯めた時にマリーの直感で決めてみるのもいいかもな。」


「……そうですね。そうしてみます。

もし私がオディロン坊ちゃんの元に行かないことを選んだ場合は、ずっと旦那様の元にいたいと思います。

そんな状況でもお許しいただけますか?」


「当然だ。お前は俺のものだからな。」


「ふふ、オディロンも大変ね。さあキアラちゃんも手がかからなくなってきたことだし、今夜は久しぶりに三人で楽しむとしましょうか。」


いつも通り大人達の夜が始まる。

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