第19話 父と長男

「ウリエンの合格を祝して乾杯!」


全員で兄上の合格を祝っている。

みんな口々に祝いの言葉を述べている。

やはり本試験は甘くなかったらしい。

兄上の顎に傷が付いている。


「さすが兄上! 絶対合格すると思ってました! でも領都に行って私以外の女に引っかかってはだめですよ。」


姉上が何か言っている。


「おいおいエリ、僕は騎士になりに行くんだよ。遊びに行くわけじゃないんだから。」


さすが兄上、真面目な回答だ。


「いーえ、兄上は王国一かっこいいんだから同級生とか女教官とか出入りの業者とか、みーんな目をつけるに決まってます! そして隙あらば手篭めにしようとにじり寄ってそれはもう口にはできないようなあれこれを……」


すごいな姉上、八歳の発想じゃないぞ?


「はっはっはエリは想像力が豊かなんだな。えらいぞ。心配いらないさ、きっとそんな暇はないと思うぞ。」


すごいぞ兄上、どこを褒めてんだ。

そしてどこまでも真面目か。



「さてアラン、ひと段落したことだし、いよいよ本格的に魔境入りしたいと思う。

明日準備を整えて、明後日には出発する予定だ。

いつ戻るかは決めてないが、ある程度の成果を出すまで帰らないつもりだ。」


「兄貴……いつでもいいから無事に帰ってきてくれよ。」


「え!? 先生、魔境に行くんですか? どこまで深く行くんですか?」


「この前アランとウリエンと三人で行ったよね?

あれは魔境の入口辺り、グリードグラス草原なんだが、そこから二日ほど歩くと今度は砂漠、ヘルデザ砂漠に差し掛かる。

その砂漠を二週間ぐらい北に歩くとようやく魔境と言っていい、ノワールフォレストの森に着くわけだ。

今回の目的はその森の中心部にあるらしい大木の化物、エビルヒュージトレントの討伐ってわけだね。

気が変わって他の獲物を狙うかも知れないが、ひとまずはそんなとこさ。」


「さすがフェルナンド様! 並の冒険者ではそこまで辿り着くことすらできませんのに。

あ、でも私、あの砂漠は大嫌いですわ。」


「はっはっは、イザベルは砂漠が嫌いなんじゃなくて肌が焼けるのが嫌いなんだよな。

どうせ闇魔法で日差しは防ぐし、そもそも回復魔法で肌はいつもきれいなクセして。

三十前とは思えないスベスベの綺麗な肌だよ。」


「まあ、あなたったら。恥ずかしいわ。」


なんだこの夫婦、いきなり甘い雰囲気になりやがった。

今日の主役は兄上だぞ。


「まあ、もしエビルヒュージトレントを倒せたら君達には木刀を土産にしてあげよう。

かなり贅沢だね。騎士団のロングソードよりよっぽど頑丈なくせに重さは木刀だからさ。」


「「「押忍、ありがとうございます!」」」


「はっはっは、よかったな。こんな贅沢なことはないぞ。ペイチの実も中々贅沢だがな。

兄貴にはますます頭が上がらなくなってしまうじゃないか。

本当にありがとな。」


「ウリエンも領都に出発するのは明後日だったわね。忙しないことだわ。明日は荷造りをしないとね。しっかりやりなさいね。」


「うん母上、頑張るよ。次に帰って来るのは来年の試験の時期ぐらいかな?」


ここクタナツは最も辺境なだけあって他の街へ移動するのも大変だ。

一人旅も悪くないが、普通は死ぬ。

魔物に盗賊、野垂死。

集団でまとめて移動するのが一般的だ。


試験官達はみんな領都の騎士学校の教官なわけだが、試験に合わせて各街へ赴く。

今回クタナツでの試験が終わったので、次の街に移動するわけだ。


兄上達合格者や、他の街で再度試験を受ける者はその便に合わせて移動すると費用、安全の面からお得と言うわけだ。


自分で用意するか、料金を払わない限り馬車に乗れず歩きとはなるが、余計な警戒をしなくてよい分だけマシだ。


直接領都に向かうわけではないので、大回りで時間はかかるが安全には変えられない。





「さあて、ウリエン。久しぶりに一緒に風呂に入ろうじゃないか。

そろそろ親と一緒に風呂に入る年じゃないからな。」


「うん父上、背中を流すよ。」


「えー、私も入るー! 父上だけずるいです。」


「残念ながらだめだ。今夜は父子二人で水入らずだ。風呂だけど。」


父上の冗談に反応した者はいない。

私は内心笑ってしまったのに。


ちなみに家に風呂があるのは結構贅沢なことだ。

平民宅に風呂はない。

水かお湯で拭くだけか、共同の蒸し風呂に行くかだ。







「ふぅ、いい湯だな。さて、ウリエン。

領都で暮らすにあたっていくつか注意がある。

騎士に限らず男が身を持ち崩すのは古来より、酒・金・女と決まっている。

特に若いうちは女に注意しろ。

エリじゃあないが下らん女に引っかからんことだ。

しかし、いい女とダメな女の区別などそうそうつくものではない。

そこで一つだけ覚えておけ。

何年かしたらお前も女を買いに娼館に行くこともあるだろう。行ってよい店は領都では一つか二つしかない。必ず最高級の店に行け。

それ以外の店には決して行くな。

もしも、房中錬魔循環が使える女を見つけたら決して離すな。身請けしろ。

金は何とかしてやる。」


「房中錬魔循環? 経絡魔体循環と似てるね。

それができる女の人は娼館によくいるの?」


「いや、まずいない。それが何かはお前が女を知ったなら分かるかも知れんし分からないかも知れん。

言葉だけ覚えておけ。」


「うん、分かったよ。それにしても父上が女遊びを勧めるとはね。騎士の世界では普通なの?」


「ああ、普通だ。と言うより安い店に行くとロクなことがない。

行ってから実感してもいいが、あれはしなくてよい部類の苦労だからな。

絶対行くな。分かったな?」


「分かった。最高級の店に行けるよう頑張るよ。いや、たぶんどこにも行かない気がするよ。」


「それならそれでいいさ。どうせ最初の一年はそんな元気もないだろうからな。」





クタナツを遠く離れウリエンの寮生活が始まる。

人は出会い別れ、そしてまた出会う。

季節は春。

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