第36話:シャル・ウィ・ダンス?⑤

 「――あ~~~~っ!?」

 一方、こちらは鴻田を拉致していった杏珠と級友たちである。

 まずはご家族のところへ挨拶に行き、しかるのちに順番に踊ってもらってから、ようやく一息入れようと隅に設置してあるカウンターで飲み物を頼んだところで、突如紗矢の悲鳴が響き渡ったのだ。

 「何じゃ何じゃ、どうした」

 「いきなり大声出さないでちょうだいな」

 「だだだだってだってあれ!! 委員長がアル先生と踊ってるーっっ」

 「「はあ!?」」

 衝撃の発言に勢いよくそっちを見ると、まさしく今話題に上ったところの語学教諭と、そんな相手に手を取られて踊る我らが委員長の姿が。

 「なんっでタマコのヤツがここにおるんじゃ! 今日は歌舞伎座で観劇とか言うておったじゃろうが!!」

 「た、確か好みの演目じゃないって……ワガママ言って予定変更しちゃったのかも」

 「あり得ない話じゃないわね。にしても、あの振袖は……」

 「派手じゃのう……」

 巴萌と杏珠がげっそり呟いた。

 振袖は若い人のための着物だから、総じて色柄が華やかだ。しかし今彼女が纏っているものは、まさしく本日見に行く予定だったという歌舞伎で、姫君役の女形おんながたが着ていそうなド派手さだった。過剰に施された刺繍と緞子どんすの帯にライトが照り返って、ちょっとどころじゃなく目に眩しい。

 「……大方、押しのけて踊りに出たんじゃろ。美羽が気弱だからって調子に乗りおって!」

 「アル先生、笑顔ひきつってない……?」

 「……そりゃ引きつるだろうなあ、あんなの見れば。ほい」

 「あら、鴻田先生」

 「あんなのって?」

 「ほら、あっちだ。反対側の壁際」

 後ろから三人分のグラスを持ってやって来た鴻田が、渡しながら示した先を確認して、またもや全員の目が点になった。なんと、てっきり壁の花になっていると思われた美羽が、軍服姿の青年と踊っているではないか! しかも結構楽しそうに!

 「うそじゃろー!!」

 「あっち側が踊り始めてすぐ気づいたらしい。ずっと横目で見てるからな、あいつ」

 「一旦手を取った以上、委員長を放って駆け寄るわけにもいきませんものね……」

 「ああっでもわかるかも! 美羽さんて守ってあげたくなる感じだもん、わたし男の子だったら絶対真っ先に誘いに行く!」

 「まあな、何となく放っとけない雰囲気ではあるが――っておい、紅小路!?」

 「あんっのロクデナシがーっ!!」

 驚愕から一転、いきなり憤怒の形相で走り出した杏珠の後ろ姿に、ひっくり返った担任の声が響いた。



 「――ほら、足元を見ない」

 「は、はいっ」

 「頭はまっすぐ、目線はパートナーの顔」

 「はい!」

 「もっと胸張って、足は付け根から大きく出す!」

 「はいー!!」

 ホールの一角で楽団が演奏しているのは、優雅な三拍子の円舞曲ワルツだ。にもかかわらず、美羽は戦場の最前線にいる気分だった。なんせ相手役を買って出た青年、本職の軍人らしく実にびしばしと指導をしてくれているのだ。指揮官のもとで右往左往する伝令役ってこんな感じだろうか。

 しかし容赦ない指摘のおかげか、少しずつではあるが直された部分が身についてきた。完全に及び腰だった授業の時とは、気持ちからしてずいぶん違う。これなら堂々とアル先生のお世話になれるかも……!

 そんな希望が見えてきた辺りで、数分に渡った演奏が終了する。周りの人々がいったん踊りをやめ、リードしてくれていた青年も足を休めた。ほっと息をついて、習った通りに腰をかがめてお辞儀をする。

 「あ、ありがとうございました」

 「お疲れ様。うん、だいぶ良くなったんじゃない? 僕も鼻が高いよ」

 「ホントですか!」

 「軍人だからね、嘘はつかないよ――っと、まだ名前を聞いてなかった」

 「あっ、そういえば名乗ってない! すみませんっ」

 「はは、いいってば。宜しければ聞かせて下さいな、お嬢さん」

 「喜んで――「言わんでいいッ!!」うわあ!?」

 真後ろから飛んできた怒号に思わず跳び上がった。振り向こうとした美羽の腕にがっちりしがみつき、猛然と引っ張っているのは……いうまでもない、さっき別れてから姿が見えなかった杏珠だ。

 「お主、よくもまぁおめおめと顔を出しおったな! しかもよりにもよってわらわの親友と踊るとはいけずうずうしい!!」

 「……なんだ、君も来てたのか。微妙についてないな」

 「微妙ってなんじゃ微妙って!!」

 「え、あの、杏珠とお知り合いなんですか」

 「知り合いっていうか、いちおう顔だけ知ってるというか」

 「ほれ、ちょっと前に釣り書きと肖像画が送られてきたって言うたろう! ついでに同じ日にかんしゃく玉で焦がされた阿呆がおったろう、それがこいつじゃ!!」

 「………………えええええ!?!」

 ホールのど真ん中で、淑やかさとはかけ離れた悲鳴をあげてしまった。まさか杏珠の無茶の被害者だったとは。

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