俺と私とあの子の関係。
遥原春
序章 立月と陽鞠の関係、陽鞠と美礼の出会い。
休日。雲一つない空。柔らかな風。出かけるには最高の日だ。だというのに、出かける用事が妹のパシリというのはいささかもの悲しいけど。
でも、せっかくのお出かけ日和だし、おめかししていこうかな。
俺はドレッサーの前に座ると、化粧ポーチを引っ張り出して準備。始めに化粧水、乳液、ファンデーション。二重にしてつけまつげ、黒目を大きくするカラコン。ウィッグネットに髪の毛をしまい、セミロングのウィッグを被る。
体格をカバーするためにフリルが少し多めのブラウス、長めのスカート。骨ばった足を隠すため、黒ストは二枚重ね。
「うん、上出来」
私は鏡の前で少しほほ笑む。今の私は
梅雨も終わり、夏の近づきを伝えるかのような強い日差しに、私は手で庇を作り目を細める。
やっぱりこの格好だと、周りの景色も違って見えてくる。太陽の光は私を照らすスポットライト。吹き抜ける風は私と戯れる妖精。
……いや、さすがにこれは痛すぎるわ。
自分の思考に寒気を覚えつつ、繁華街のほうへと向かう。しばらく歩いていると、人の往来も多くなってきた。あまりジロジロ見られたくはないけど、女装している自分を見て欲しい気持ちもあるもので。
そんなジレンマを抱えつつ歩いていると、
「ねぇちょっとぐらいさぁいいでしょ?」
「悪いようにはしないからさぁ」
うわっ、今時あんな勧誘あるんだ……。見れば中年ぐらいの男二人に、怪しい勧誘を受ける女の子の姿が。見た目は若く、もしかしたら私と同い年くらいかもしれない。その女の子は恐怖から口が開いたまま塞がらず、小刻みに震えているようにも見える。
……助けないわけには、いかないよな。
「あの」
「ん、どうしたのオネーチャン?」
おお、自分ちゃんと女の子に見えてるんだ! やっばい嬉しい、じゃない。今はそうじゃなくて、
「その子困ってるっぽいんですけど」
ぴっと控えめに震える女の子を指さすと、
「ああ、別におじさんたち困らせようとしてるわけじゃないんだわ。ほら、世の中って理不尽なこと多いだろ? だから俺たちで変えようってだけの話だよ。我らが教祖様についていけばこの世界に革新を起こせるんだ!」
わーおそういう系の勧誘ね。はっきり言って普通に関わりたくないお話だわこれ。
「でも困ってるみたいだし、やめてあげたほうがいいんじゃない?」
「なんでオネーチャンがでしゃばるのさ」
ずいっともう片方の男が、今にも飛びかかりそうな勢いで詰め寄る。いやいや好戦的すぎるでしょ。連れの男も少し引き気味だし。
女装をしていると不思議なことに、男が普段の数倍大きく見えて怖い。もちろん、ひるまないけど。
そして改めて実感する。服はその人を映す鏡だ。気分次第で選ぶ服が変わるし、逆に着る服次第で気分が変わる。
こうして女の子の格好をしている今、いつもより優しい口調、たおやかな仕草、柔らかな気持ち。意識して変えているわけじゃない。この格好がそうさせているんだ。
だけどもちろん、この怯えている女の子を放っておけないのは、どんな格好だろうと関係ない。
「しつこい男は嫌われるよ」
詰め寄る相手に対してこちらも一歩。すると相手もまた一歩、どころか、
「そういう話してんじゃねーよ!」
胸ぐらを掴もうとする男の手をするりとかわして逆に掴み、背後に回り込んで関節をきめた。すると情けなく泣き喚く男の声があたりに響く。
「暴力はやめろ。そんなんじゃ教祖様に見放されるぞ」
横で見ていたもう一人の男がやれやれといった様子でなだめると、泣き喚く男から力が抜けた。手を放してポイっと投げると、恨みがましい視線を向けらる。だがこちらも負けじと睨み返してやった。
「あー、すまねぇなオネーチャン。俺たちはもう行くわ」
ペコっと軽く謝る男に私は、
「あんまり無理やりの勧誘はやめてくださいね」
と一応釘を刺しておいた。そして二人が去っていき、完全に姿が見えなくなったところで、
「君、大丈夫?」
いまだ震える女の子に優しく語りかける。すると体から強張りが抜けて、少しずつ状況を理解していくように深呼吸。一度目を閉じるそして、
「あ、えっと、ありがとう……助かったわ」
少し震えているけど、どこか品の良さを感じるような声音。そんな彼女を安心させるように笑顔を意識しながら、
「どういたしまして、困ったときはお互い様だよ」
彼女はそんな私を物珍しそうにジロジロ。あれ、もしかして男だってバレました? ともったけど、返ってきたのは意外な言葉。
「あなた、強いのね」
「つ、強い? あーもしかしてさっきのあれ? あれはただの護身術みたいなものだよ」
男としてはいざという時のために力は欲しいものの、あんまり筋肉をつけてしまったら女装の完成度が下がってしまう。だから、相手の力を利用する護身術の存在は大変ありがたい。
「ううん、そうじゃないわ。いえ、それもあるけれど。なんというか、男の人に物怖じしないあの姿勢に、とても感心したの」
「う、うーん、ありがとう」
俺も同じ男なので、正直その感想を貰ってもちょっとリアクションしづらい。
「ねぇ、どうやったらそんな風になれるのかしら?」
「えっ……と、どうしてそんなことを?」
「それは、その……」
少し言いづらそうにして、身を乗り出し……でもやっぱり、言えなくて。おずおずと身を引く彼女に、
「ごめんなさい。初対面なのに立ち入ったことを聞いてしまって」
「い、いえわたしの方こそ。今日はありがとうございました。それではこれで!」
「あっ、ちょっと……」
引き止める声も聞かず、その女の子は走り去ってしまった。
……彼女はなぜ、克服したいと思ったんだろう。
考えてみるものの、いっこうに答えは浮かばない。ああ、寂しい。こんなことしていても、やっぱり女の子のことは理解できないのかな。
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